2019年5月13日月曜日

病理の話(321) 攻防戦とそのみどころ

人類をおそう最大の脅威は、感染症である。

……なーんていうと怒られるかもしれない。ミサイルがこわい人も、隕石がこわい人も、環境破壊がこわい人もいるだろう。

立場によって何をこわがるかは人それぞれなのであまりトガったことは言えない。

だから言葉を換えようか。

人類をおそう最大級の脅威は、感染症である。





人体という精巧なシステムをぼくはよく「都市」に例えるのだが、ここに攻め込んでくる敵がいる。

ばいきんとか。ウイルスとか。寄生虫とか。

これらが体にとりついて、すみついて、悪さをすると、「感染症」と呼ばれる。




人体は、外からやっている微生物……エイリアンみたいなやつら……をはねかえすために、多くの防御機構を持っている。これを人呼んで「免疫」という。

ではクイズです、人体がほこる「免疫」の中で、一番優秀なものはなんでしょう?




好中球?

マクロファージ?

リンパ球?




答えは、「壁」である。免疫のうちもっとも大切なものは「免疫担当細胞」ではない。「壁」が大事なのだ。

血液の中をぐるぐる回っている、白血球と呼ばれる免疫担当細胞たちは、たしかに、外からやってきた微生物たちを認識して攻撃をしかける重要な部隊である。

しかし、そもそも、体の中に敵を侵入させないことのほうがずっと大切なのだ。




国際線に、入国管理ゲートがあるだろう。

こわそうなおっちゃんがハンコをもって待ち構えているアレだ。

あのゲートを構成している一番大事な部分はどこか?

おっちゃんの目力?

周りに立っている警備員の迫力?

答えは「壁」だ。いうまでもない。

ゲートの横がすり抜け放題だったらそもそも入国管理はできないだろう。

周りが壁で通れないから、唯一通れる場所に人は向かうしかないし、入国を厳しく制限できるのである。




このことがわかっていると、「感染症」というものをもう少し細かく語ることができるようになる。

感染症とは、「体外の微生物が、どこかの壁をやぶって、あるいは、壁のすきまから、人体に侵入してきて、悪さをする状態」と再定義できる。





壁が破れていたり穴が空いていたりすると人類は感染症にやられやすくなるということだ。





人体にはもともと穴がいくつかあいている。口、鼻、尿道、毛穴……。

だから感染症を起こしやすい場所というのもある程度決まっている。

鼻から入ってきて肺に達すれば肺炎。

口から入ってきて腸に達すれば腸炎。

尿道から逆流すれば尿道炎とか膀胱炎。

毛穴から入ればにきび。

熱が出て具合が悪そうな人をみたお医者さんは、穴という穴を調べて、感染の証拠を探し出す。これがコツである。

たとえば手術をしたとか、血管にカテーテルを入れているとか、ケガをしたなどの理由で、「壁」が破れている場合には、そこから感染症にかかる可能性がある。

穴という穴をチェックして、その先につながっている構造も確認して、それでも何も見つからないときには……。

発熱や体調不良の原因は、感染症以外にあるのかもしれないな、と、考えてみたりする。





人体とエイリアンとの攻防戦に思いを馳せながら、医療者は感染症に対峙している。……感染症専門医が読んだらひっくり返るほど雑な文章ではあるが、おおわくは間違っていない……と、思う。