2021年2月18日木曜日

病理の話(506) 分化の方向性

「細胞」……というとみなさんは何を思い浮かべるのだろうか。


鉄道員にとっての「車両」、パティシエにとっての「スポンジ」、アナウンサーにとっての「原稿」並みに、病理医にとっての「細胞」は業務のど真ん中にある。だから世間一般のニュートラルな印象というものをすっかり忘れてしまっているけれど、がんばってちょっと思い出してみよう。


・ちっちゃい


・まるい


・ある


・なんか動く(?)


・同心円みたいな絵で描かれる(?)


このあたりが世間の認識ではなかろうか。




あるいは、義務教育の理科で習う「単細胞生物」あたりを思い出して、ゾウリムシの図をもって「細胞ってだいたいあんな感じだろうな」とイメージする人もいるかもしれない。アメーバとか。ミジンコとか。(※ミジンコは多細胞生物です!!)




では、われわれ病理医にとって「細胞」という文字列がどのように見えているかというと……これは「初期アバター」である。


ゲームで自分が使うキャラクタの顔を、できあいのパーツから選んで自分好みに設定するとき、最初は通り一遍の髪型、わかりやすい目鼻、シンプルなメガネくらいしか選べないし、体はTシャツ、下はハーフパンツみたいなのしか履かせてもらえない。こんな「素材そのままの人間」、探してもなかなかいないよね、という薄味のキャラクタ。


病理医が「細胞」という単語だけを見たときのイメージはまさに、「まだ何物になるかもわからない、初期アバター」である。


「え、細胞はいいけどさ、どんな細胞?」


こう聞いてみないと、話が広がっていかないのだ。





アバターの例えをそのまま続けよう。ゲームを進めていくと、プレイヤーはアイテムを手にする。それは帽子であったり、ちょっと特殊な髪型であったり、ワイシャツやジャケット、ブルゾンなど、「見た目を華やかにし、キャラがどういう性格なのかを色づけるオシャレ」が手に入るのだ。


手に持たせる道具も増やすことができる。


ソードやシールドのたぐい。マシンガン。あるいはフライパン。辞書を持たせるパターンもあるだろう。


アバターがさまざまな装備を増やしていくことで、初期アバターの没個性さはなくなっていき、だんだんと、その人オリジナルのキャラクタが完成する。




細胞もいっしょなのだ。無垢なちっちゃいマルのままでは存在しない。


たとえば、表面に繊毛(せんもう)と呼ばれる毛を生やしてみたり、細胞の内部に大量のミトコンドリアをため込んでみたり、粘液という便利物質を作ってみたりする。


あるいは、細胞の内部に「つっかえ棒」を大量に作って、自分の体を内側から強化し、ほかの細胞とガッチガチに手を結ぶことで、サッカーのフリーキックで守備側がやるような「壁」を作ったりもする。


みんなできれいに整列して、足にすべりどめを装着し、頭の上に手を伸ばして、サッカースタンドの観客が応援の横断幕をきれいにひろげるように、みんなでウワーッと頭上の物体を手渡ししていくようなこともする。




細胞がさまざまな道具を手にして装備を充実させることを、医学用語で「分化」という。


手分けするために化ける、というわけだ。


病理医が細胞を観察するときには、細胞がどのように分化しているかを瞬時に、かつ、念入りに判断する(この両方をやるのが難しい)。


分化の方向性がわかれば、その細胞が「どういう気持ちでそこにいるのか」を推しはかることができ、ひいては、病気を構成する細胞の「わるだくみ」をも見抜くことにつながるのである。ま、細胞なんて、何考えてるんだかわかったものではないですけれどもね。