2021年2月25日木曜日

病理の話(508) かさぶたの下

かさぶたなんてしばらく見ていないなあ。


自分の手や膝には。


まあそれだけ慎重に日々を暮らすようになったということか。


外でギャンギャン遊んでるわけでもないしなあ。




かさぶたができて、しばらく経って、きちんと乾いたかな、くらいのタイミングでエイッと剥がすと、痛い。


だからそっと剥がそう(※真似しないでください)。


すると、かさぶたの下に、赤い肉っぽいものが見えてくる。一瞬。


次の一瞬で、ジワァー! って血がにじんできて、あっごめんごめんやっぱいまのなし、ってかさぶたを元に……は戻せないんだよね。かさぶたって剥がすともうフタにはなんねぇんだよな。ポロポロになっちゃうから。




で、この、「ジワァー!」を経験したことがない人には一切伝わらないんだけど、「ジワァー!」があるってことは、すごい繊細な血管がいっぱいそこにあるってことなのね。


その血管は何をしているのかというと、傷ができた場所に栄養を運んで、傷を治そうとするための……言ってみれば、土木の現場に資材を運ぶ専用道路みたいなものなわけ。


傷なんてものは、体の都合とは関係なく、いきなりてきとうな場所に穴をあけてね、それまであったものをなくしてしまうものでしょう。たかだか1cmとか5mmの範囲であってもだよ。そこにはもともと、皮膚とか、皮下組織みたいなものがあったわけ。それがふっとんでなくなっているから、いずれ穴埋めをしなきゃいけないんだよね。


でも、体を構成する細胞ってのは、そんな数秒とか数分で欠損を補充してくれるほど敏捷ではないわけよ。そもそも他の場所にいる細胞だってみんな忙しいんだ。急にあそこのプロジェクトに穴が空いたからって隣の部署から人連れてこられるわけもないのよ。隣だって仕事してるんだから。


というわけで、まず、穴があいたら、「かさぶた」を作ることを優先するのよ。これはもろいよ。でも穴をふさぐことはできる。汚れが外からやってくることを防がないとね。


で、かさぶたを作ったら、その下の部分は、なるべく穴を引き寄せるようにして、穴をなかったことにしないと、あぶないでしょう。


引きつれさせるわけだよ。そこに穴がないかのように。


だからそこに「線維」を増やすんだね。線維ってのは「繊維」とは違うよ。読みはどっちも「せんい」だけど、「膠原線維(こうげんせんい)」は、穴を埋めたり引きつれさせたりする効果がある。


で、膠原線維の元になる細胞をそこに連れて行って、がんばって線維で穴埋めをして、引きつれさせて、ひとまず穴をふさぐ。同時に、血管を大量に配置して、栄養をたくさん運べるようにしておいて、そこからゆっくりと、穴の部分を埋めるための細胞を作っていく。


この、「穴埋め中です」という工事現場が、かさぶたをとったときに下に見えてくるあの赤っぽい肉みたいなやつ。すぐに「ジワァー!」と血がにじむやつ。


肉芽(にくげ)という。


肉芽は、瘢痕修復が終わると、体に吸収されて消えるようにできている。傷がきれいに消えるときなんてのは、肉芽がいったんできて、その後の修復がすべてとどこおりなく終わったときのことだ。


でも、肉芽を作ってもうまく元通りには治せないこともけっこうある。そういうときは、傷跡がひきつれとなって残ってしまうわけだ。


どういうときに傷がきれいになおるか、あるいはどういうときに痕が残るかを、ずっと真剣に考えている人たちもいる。たとえば、外科医。そして、形成外科医と呼ばれるエキスパートたち。けっこうマニアックで、めちゃくちゃおもしろいことをやっているぞ。その話はいずれまた。