2022年2月16日水曜日

病理の話(627) 裏に隠れたニュアンス

病理医が細胞をみて診断を書くとき、たとえばこのように「所見」を書く。


「N/C比(註:核・細胞質の比)の高い腫大した類円形核を有し、極性の乱れた腫瘍細胞が不整な分岐や癒合を呈する異常な腺管を形成して浸潤性増殖しています。」


所見とは「見たイメージの解説」なのだが、このように、ほとんどが専門用語で書かれていて一般の人にはなにがなにやらわからない。しかし、当たり前のことだが、これらの用語にはすべて意味がある。



まず、「N/C比が高い腫大した核」というのはどういうことか? 図を描いて考えてみよう。


あらゆる細胞の中には、「核(N: nucleus)」と「細胞質(C: cytoplasm)」がある。


核にはDNAが詰まっている。DNAは、細胞がさまざまなはたらきをするために必要な「道具を作るためのプログラム」だ。たとえば細胞の表面の膜であるとか、細胞内にあるさまざまな機能をもったタンパク質は、すべて核の指令によって作られる、と考えて良い。


これに対し、細胞質には「さまざまな道具」が入っている。細胞が分泌するための粘液であるとか、細胞が周囲と連携するための伝書鳩的なものだとか、ほんとうにいろいろだ。


すると、上の図は、下のようにイメージすることができる。



細胞核は「ブレイン」であり、細胞質は「現場の作業員」ということだ。


左側は、本来の細胞である。ブレインが的確に道具を作り出し、現場の作業員たちがそれを見事に使いこなす。

これに対して、右側はバランスがおかしい。ブレインばかりが主張しており、現場が圧迫されてしまっている。これでは細胞はうまく働かない。

つまり、「N/C比が高い腫大した核」というのは、細胞が「本来の仕事をせずに、とにかくDNAの入れ物部分だけが異常にでかくなっている状態」を指す。これはおそらく細胞に何かおかしなことが起こっているのだなあ、と考えることができるだろう。



このように、病理の「所見」というのはすべて意味を持っている。かつて、「まるで知らない国の言葉で風景を描写されているかのように感じる」と言った人がいた。エベレストがいかにすごい山かをネパール語で話すとき、「チョモランマという言葉は大地の女神という意味なんだよ」というのを知っているかいないかで、ネパール語に含まれたニュアンスの受け取り方は異なるだろう。それと同じように……それ以上に、病理の所見に込められたニュアンスをきちんとわかっていれば、診断書からくみ取れる意味は大きく変わる。

さきほどの、

「N/C比(註:核・細胞質の比)の高い腫大した類円形核を有し、極性の乱れた腫瘍細胞が不整な分岐や癒合を呈する異常な腺管を形成して浸潤性増殖しています。」


には、これくらいの意味が含まれている。

「細胞質よりも核が不釣り合いに大きくなるほど増殖活性が高く、本来の形状とは異なる類円形になるほどに核の内圧も上昇しており、細胞が本来の形態を保つことをジャマしている。核の分布に携わるタンパク質にもおそらく異常があるし、細胞が複数集まって構成する腺管の形がおかしいからには増殖の方向性や接着性にも異常が生じている。増殖異常があり、おそらく細胞死のコントロールもおかしく、分化の異常もある。そして周囲の構造を破壊しながら染み込むように自律性の・勝手な増殖をしている。」


このことは、相当熟練した病理医以外にはわからない。じつは臨床医ですら意味はとれない。細胞の像がもつ「本来の意味」は必ずしもわからなくてもいい、なぜなら、医者にとっても患者にとっても、


「で、それが治療となんの関係があるの?」


さえわかれば、あとはどうでもいい……とまでは言わないが、当座、利用のしようがないからだ。それでも病理医が所見を書くのにはいくつかの理由がある。根拠をもって診断するため、診断者間の差を埋めるため、そして、おそらく、「そうすることが好きだから」。最後のは割合としてはでかくないが、スパイス的には重要である気がする。スパイスがなければ成り立たない料理もある。