研修医が当科に来ているので、病理をいちから勉強してもらっている。まずは何からやったらいいかな、と考えて、大腸癌の手術検体から見てもらうのがいいだろうな、といつものように考えた。
大腸癌の診断には基礎的な事項がいっぱい詰まっている。最初から膵臓や膀胱などを見るよりも、まずは大腸から見るのがよいだろう。
手術で採ってきた大腸を、縦方向に切り開いて展開し(トイレットペーパーの芯にはさみを入れて展開するようなイメージだ)、粘膜に顔を出した癌を肉眼で観察して、どこをどのようにプレパラートにしたら一番情報が得られるかというのを考える。
目で見て考えたら、癌の一部を切り出して、プレパラートにする。
その後、顕微鏡でプレパラートを見て、癌がどれくらい広がっているか、どのような種類の癌なのか、転移や再発のリスクとなるような所見はないかを逐一チェックする。
最後に病理診断報告書に、これまで見てきた内容を箇条書き+説明書きにする。
以上が病理診断のおよその流れだ。このプロセスを研修医にも一通りやってもらう。
病理診断科で研修する人びとは、必ずしも将来病理医になりたい人ばかりではない。皮膚科医になりたいから皮膚科に必要な病理だけ教えて欲しい、とか、消化器内科医になりたいので胃と腸の病理を知りたい、という人には、それぞれの専門臓器の「勉強になるプレパラート・教科書」を見てもらっているうちに短い研修は終わる。なんだ、病理なんてつまんねーな、と思われる場合もあるし、短期間だが病理でしっかりと顕微鏡の学問(組織学)をやれてよかったと数年後に感謝されることもある。
しかし、「将来病理医になりたいと思っている人」の場合は、単なる見学ではなく実際に診断のプロセスにかかわってもらったほうがいい。責任感が加わると仕事の圧は段違いだ。ただ見て勉強するのとは違う、「自分の判断が間違っていたおかげで診療が乱れてしまう怖さ」を感じながら現場にコミットしてもらう。それが学習効率を高める。
もちろん、研修医の診断はすべて上級医がチェックするので、研修医の判断がそのまま患者を左右することにはならないが……よくできた診断書であれば、細部こそ整えたりはするけれど、本幹の部分は残す。研修医の言い回しがそのまま報告書に残っていることが大事だ。指導医の中には、一から十まで自分の口調に書き換えてしまい、原型が残らないほどにチェックするタイプもいるけれど、ぼくはああいうのはあまり好きではない。
というわけで研修医にはきっちりと手術検体の診断をしてもらう。
その一方で、われわれ病理医がやるべきことは、手術検体の診断だけではない。
たとえば胃カメラや大腸カメラをやったときに、目の前に見つかった病気から、主治医が小指の爪より小さなサイズの細胞塊をこそげ取ってくることがある。プチっと摘まんでとってくるのだ。これを「生検」と呼ぶ。この生検検体を見るのも病理医の仕事だ。
ただし、この「生検」のほうが、初心者には診断がむずかしい。しばらくの間は、研修医には手術検体ばかりを見てもらって、生検は後回しにする。
なぜ「生検」は難しいのか?
いろいろな理由が考えられるが、要は、生検の標本は小さすぎるのだ。手術検体ではある病気の全貌が見えるが(手術で採ってくるときには、病気をすべて採りきることが重要だから当たり前である)、生検というのはあくまで表面をプチっと摘まむだけなので、得られる情報も少ない。逆に言えば、その少ない検体から、大きな病気を今後どうするかの方針を決定するための情報を引き出さなければいけないということである。
ここで必要となるのは、おそらく、「一部から全部を予想する技術」なのだが、さすがのベテラン病理医も、わずかな部分から全体を正しく推測することは難しい。なので、より正確にいうと、「一部から、そこにつながるより大きな一部を推測する技術」を用いることになる。
実際の標本をお見せするつもりはあまりないので、今日はたとえ話をしよう。
・全貌なんてまるで見えない
・それまでの流れが重要である
・そういう見方をするのだとわかっていないと設問が理解できない
・何度かやっているうちに、「この出題者はこういう問題を出すよな」とわかる≒「この検査だとここを見分けるべきなんだよな」という感触がわかる
・けどじつはいろいろな不確定要素を含んでいる
なんか大変そうだろう?
手術検体の診断は、言ってみれば、「a d u」を正しく診断するようなものだ。すべては見えている。ただし、a, d, uの違いをちゃんと説明できる必要がある。ついでにフォントの種類とかサイズ、文字の太さなどもきちんと調べ上げないといけない。
一方の生検診断は、限られた情報からいかに「それより多くの情報を読みとるか」を、誰もが納得するような言葉とともに合理的に語る世界だ。手術と生検、「同じモノを見ている」のは間違いない。しかし、なんというか、技術はちょっと違うよなあと感じる。このことが身にしみてわかるのはたぶん、病理医を目指してから3年ちょっと経過してからのことだ。具体的には「病理専門医」という資格を手に入れたころから、生検の難しさ、手術検体の奥深さなどにだんだん気づいていくようになる。