「とても難しい病理診断」というのが年に何度かある。
細胞を見てすぐ、「Aという特徴があり、Bという特徴がないので、□□病です」みたいに、ビシッと診断がつくのが理想だ。ちょっと表にしてみよう。
特徴A 特徴B
□□病 ある! ない
○○病 ない ある!
すべての病気がこうやって分けられるなら診断はシンプルだ。
しかし、実際に病理診断をしていると、特徴Aも特徴Bもかねそなえた細胞が観察される場合があるので、困る。
例をあげよう。
ある細胞が、CEAというタンパク質をもっていたら、それはきっと「腺(せん)上皮」と呼ばれるタイプ。
また、CK5/6というタンパク質を持っていたら、それはおそらく「扁平(へんぺい)上皮」と呼ばれるタイプである。
しかし、ときに、CEAもCK5/6も両方持っている細胞というのにお目にかかる。この場合、どう考えるべきか?
腺上皮でもあり扁平上皮でもあるわけだから、「腺扁平上皮」?
……答えは……YESかもしれないし、NOかもしれない。
CEAとCK5/6を両方持つ細胞が、腺上皮と扁平上皮の「あいのこ」であることはある。しかし、ほかにもパターンがある。
「たまたまCEAを持ってしまった扁平上皮」
とか。
あるいは、「腺上皮としても扁平上皮としても中途半端な、まだ何にもなれていない未熟な細胞」のこともある。話がむずかしい。
これ……たとえが難しいんだけど。
「女装をした男性」と、「男性器と女性器を両方もっている人」と、「見た目は男性だけど心は女性でありしぐさも女性」とは全部違うじゃないですか。
これらを、「ちんちんがあれば男」みたいに言うのってすごく雑じゃないですか。
それとちょっと似てると思うんだよな。「ある」「なし」だけで判定できるほど病理診断もあまくない。
なお、そんなんどっちでもええやん、とはならない。なぜなら、腺上皮の性質をもつ「がん」と、扁平上皮の性質をもつ「がん」では、効く抗がん剤の種類が違ったり、放射線治療の効果が違ったりするからである。
病理医が趣味で分けている話ではない。分類することで治療方針が変わるから、「どっちつかずだなあ」では困る。
(特に若い病理医に多いのだが)、「細胞がこの性質を示しているのですから、ぜったいこの診断ですよ」みたいなことを言う人がいる。「Aがある」なら「○○である」と確信するタイプの診断だ。しかしそれは危険である。
・あいのこ
・どっちつかず
・だまされ
など、診断が難しくなるパターンは山ほどある。検査すりゃわかるんでしょ、という言葉が突き刺さってくる。そう簡単じゃないのだ。