2022年10月13日木曜日

病理の話(705) がんは分身の術を使う

がん細胞とはどういう性質をもっているのか。代表的なものとしては以下があげられる。

・無限に増え続ける。だからどんどんでかくなる。
・正常の細胞が持っているはたらき(仕事)をしない。
・正常の細胞がとっている構築を無視する。「チームのフォーメーション」を壊しにかかる。
・細胞に寿命がない。栄養さえあればずっと生きていられる。

ということで、手術でとってきた臓器を顕微鏡で見て、そこにがんがあるときには、たいてい、下に述べるような雰囲気をまとう。

・細胞がみっちみち! 元からあった正常の細胞をへりにおいやる。
・細胞がキレッキレ! 元からあった細胞のスキマに入り込んでどんどん増えていく。

しかし、このように、本来いてほしくない細胞が大量に増えて、正常の構造を追いやったり破壊したり、という現象は、じつはがんに限った話ではない。

たとえば、炎症が起こると「炎症細胞」という名前の細胞がいっぱいやってくるのだが、これらもまた、がんではないくせに、正常の細胞をへりにおいやったり、元からあった細胞のスキマにどんどん入り込んだりする。



では、「がん」と「炎症細胞」をどうやって見分けるか。

そこはもちろん顕微鏡を使えばいい。がん細胞と炎症細胞では見え方が違うのだから、すぐに区別がつくだろう……普通は。

ところがここにやっかいな落とし穴がある。



「炎症細胞ががんになっている場合どうする?」



そう、がんの中には、炎症細胞のふりをした……というか、見た目上、炎症細胞との区別がつきづらいものがあるのだ。悪性リンパ腫とか、白血病などと呼ばれる病気がそれである。

まあ、通常の炎症細胞と、「がんである炎症細胞」とは、やはり見た目が微妙に違うので、よーく見ればわかるときもあるのだけれど……。

組織の中でやたらと増えまくっている細胞が、がんなのか、単なる炎症なのかでは、治療方法がまるで違うから、そこの区別を間違ってしまうとオオゴトになる。



見た目で見極める以外になにかいい方法はないものか?




ここで、例え話をする。ぼくは札幌に住んでいるので、札幌市の真ん中にある大通公園を歩いている人をランダムに10人つれてこよう。そして好きな野球チームをたずねる。

ひとりは巨人ファンだと言った。ひとりはソフトバンクファンだと言う。ほか、広島ファンがひとり。あとの7人は、「野球にはそこまで興味がないです」と答えた。

これが普通である。世の中は多様だからだ。

しかし、あるとき、そのへんに歩いている人を10人つれてきたところ、全員が、

「生まれた時からずっと横浜ファンです」

と口を揃えたとする。



そんなことはあり得ない。横浜ファンばかり10人も、札幌大通にいるわけがないのだ。

おかしい! と思って10人の顔を見渡すとみんなどこか三浦大輔のおもかげがある。直接めちゃくちゃ似通っているとまでは言わないが、どことなく、番長だ。ユニフォームを着ていなくても、リーゼントをほどいていても、わかってしまうのだ。

「正体を現せ!」

すると10人の三浦モドキは、声をハモらせる。

「「「「「よくわかったな われわれは みな同じ三浦大輔から分身したものだ いうなれば三浦コピー 得意技は二段モーションすれすれの投球」」」」」





よくわかる例え話は以上なのだが、何が言いたいかというと、ふつうの組織においては、細胞は「多様でなければならない」のである。たとえばあるタンパク質を持っている細胞と持っていない細胞が混在しているのが当然だ。しかし、がんになると、増えている細胞がみな「何か同じタンパク質を共通して持っている」。イムノグロブリンの軽鎖・κ鎖だけを持っていてλ鎖を持っていない、みたいに。

なぜがんはどれもこれも同じ持ち物をもつのか。それは、がんがまさに「分身して増えている」からである。がんは無限に増殖するし、おまけに寿命がないので新陳代謝で入れ替わらない。ひとつの細胞が倍々ゲームのように無限増殖をくりかえすことで、正常の細胞に影響をあたえるがんに育つのである。

したがって、そこに増えている細胞が、「がんか、炎症細胞かわからない」と言ったときには、持ち物チェックをする。免疫染色やin situ hybridizationと言った手法を用いて、そこにある細胞たちがどのような持ち物を有しているかをピンポイントで調べる。

(※すべての持ち物チェックをするのではなく、○○があるか、ないか、みたいな観点で検査することがふつう)。

そして、そこにいる細胞たちがどれもこれも、同じ持ち物を持っているとき、「多様性を無視しているこいつらはおかしい! がんではないか?」と判定するのである。病理医ヤンデルは三浦大輔監督を応援しています。