今日はちょっと抽象的な話をする。できれば具体的な症例の話とオーバーラップさせたくないからだ。
これまで708回にわたって書いてきた「病理の話」それぞれにも、モデルとなった症例やできごとがある。しかし、ひとつひとつの症例を特定できないように、複数のケースを混ぜたり、脳内でいろいろフィクションを足したり引いたりして、「ある印象的な患者のことを直接書くということのないように」気を配ってきた。今日もそういう話だ。あらかじめご了承ください。
ぼくらは、ある解剖レポートを作っていた。
その患者はさまざまな医療行為の末に亡くなった。死に至るまでの過程はおおむね、医療者にとっても、患者やその家族にとっても、満足……できたかどうかはともかく、納得できるものだった。死の喪失という大きな悲しみはあれど、死に向かうという人間の宿命に不思議はなかった。
ただし、総論としては納得したけれど、医療者も、患者も、その家族も、「ひとつ解せない点」があった。
それは、「最期が少し早すぎた」ことである。
もうちょっと、「持つ」ように思えていた。しかし、すごく単純にいうと、「いきなり心臓が止まってしまった」のである。
(※ここが今回特にフィクションだと強調しておきたい部分です。説明をかんたんにするためにこういう言い方をしているが、特定の症例の話をしているわけではないのでご注意を。)
どれだけ医学が進んでも、人間の生き死にをすべて予測することはできない。ファクターが多すぎるし、運の要素もある。「いつ死んでもおかしくない」という状況は誰にとっても存在する。しかし、「えっ、ここで今、心臓が止まるの?」という事実は、やはり多くの人を動揺させ、悲しませ、振り返らせる。
そうして病理解剖が行われた。「病気自体には納得していた。このようにだんだん悪くなっていくこともまあわかった。しかし、最期に心臓がいきなり止まった(ように見えた)のはなぜなのか」ということを、患者の家族も、医療者も、そしてあるいは、おそらく患者自身も、疑問に思ったからである。
その疑問に答えることは、病理医の仕事のひとつだ。
でも、じつは、病理解剖までしても、すべてがわかることはまれである。なぜなら、人が突然亡くなる理由というのはほんとうに、「ものすごい数」あって、しかもそれらはすべて「まれにしか起こらない」上に、「死後に解剖をしても痕跡が残っているとは限らない」からである。
これは別にぼくが個人でそう思っているという話ではない。ちゃんと論文があるのだ。
ちょっと古い論文になるが、Current Diagnostic Pathologyという雑誌に2007年(15年前か……)に掲載された、"The autopsy in cases of unascertained sudden death" という総説を紹介する。
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0968605307000439?via%3Dihub
無料では、中身(非常にボリュームがある)を見ることができないだろう。だからこれから、ぼくが、どんな人にも読めるように、ごく簡単にまとめて以下に記載する(病理医はこれくらいは常時頭の中に入れておき、臨床医から問い合わせが来たら即答できる必要がある)。
以下、まとめ。
・剖検の2-5%は死因がわからない。こういうときには、毒物学的、微生物学的、遺伝子学的検索を効果的に追加する必要がある。
・さらに、殺人の可能性を除外しなければならない。
・殺人を除外した上で浮かび上がってくるのが心臓の伝導障害やてんかん関連死などである。
・たとえば冠動脈の動脈硬化は、死因になりうるか。もちろん心筋梗塞の原因にはなりうるものの、実は他の原因で亡くなった人を剖検しても冠動脈の狭窄はしばしば観察される(つまり冠動脈が細いからと言って心筋梗塞で亡くなったとは限らない)。
・薬物や毒物による死の場合、症例ごとに血中濃度は大幅に異なる。死後の体内分布動態も未だに解明されていない点がある。
・「a cause of death」を見つけること自体は簡単であっても、「the cause of death」を見つけることは実に難しい。
・職歴調査や麻酔歴、薬物歴の聴取も重要だ。
・以下、剖検では拾いづらい死因を列挙。
【心臓編】
・冠動脈粥状硬化は、とくに富裕層においてはものすごくよくある話である。かつ、死因の最も代表的なものである。しかし中等度くらいの粥状硬化と死亡との因果関係はいまだに明らかではなく、難しい。
・Myocardial bridging(心筋橋)は、冠動脈の外側に心筋線維が橋のように存在することをいい、労作時に冠動脈狭窄を起こす。ほぼ全例で左前下降枝に認められる。実はすごく多い所見であり、丁寧に探すとなんと85%に認められるというデータあり。ちなみにアンギオではぜんぜんつかまらない。ただし、これが直接の死因になる頻度はすごく低いので、解剖で見つかったからと言ってすぐにこれを原因と考えてはいけない。
・左室肥大: 高血圧性心疾患もちの患者においては突然死の原因としてよく知られている。また、とくにアスリートにおいて、若年性の突発性左室肥大が死因となることがあるが、このときdisarrayは見られない。心臓の重さを測定するほか、左心系と右心系の重さを分けて測ることが求められる。
・心筋炎: 1980年代のDallas criteriaにて診断するが(これはさすがに元論文が古いためである)、このcriteriaは生検診断を基としている。しかも、最近の調査では、ウイルス性の心筋炎様症状を示している患者は生検はほとんどnegativeになるため注意が必要。また、逆に、focalな心筋炎が見つかることもあるがそれが果たして死因になりうるのかという疑問もある。いずれにせよ、死亡原因としての心筋炎にはまだまだ議論が必要である。
・突然死だが心臓に異常がないケースは悩ましい。ある調査では突然死症例の4%ちょっとが心臓に異常を見つけられなかったという。予想されるのは伝導系の障害であり、イオンチャンネルの障害という意味で「channelopathy」と呼ばれたりもする。動悸や失神の病歴を聴取しなければならない。さらに、この病態にはしばしば遺伝子性の背景が存在することがあるため、血液や新鮮臓器の保存が必須である(long QT synd, Brugada synd, short QT synd, catecholaminergic polymorphic ventricular tachycardia(CPVT)など)。
・Long QT: 様々な遺伝子異常が関与。常染色体優性/常染色体劣性のいずれも存在するらしい。Torsade de pointesを伴う心室性頻脈→失神発作。小児~思春期に始まる。5000人に一人が有する異常で、その10%が突然死に至るとされる。
・Brugada症候群: 常染色体優性。症状が出るのはなぜか男性が多い。休息時や就寝時に症状を呈する。20代や30代が多いが、小児でも発症しうる。東南アジアに多く、タイでは「Lai Tai(寝ている間に死ぬ)」と呼ばれて有名。
・Short QT: 家族例、孤発例ともに少ない。
・CPVT: 常染色体優性、劣性ともにある。労作時や感情が高ぶったときに多形性心室性不整脈を発症。15%が心停止に至り、30%は家族に突然死歴が存在する。小児や思春期までの発症が多いが、成人するまで発症しないことも。
【呼吸器編】
・普通は肉眼・組織でとらえることが出来る。重要なのは感染、ぜんそく、肺動脈血栓塞栓症。
・ちなみに、病理医にとってはうっ血浮腫と気管支肺炎を鑑別するのは組織を見ないと無理。ウイルス感染にいたっては組織でしか診断ができない。血清学的な評価を足したほうがよい。
・ぜんそくは突然死の原因になりうる。肺は極度のインフレ状態になるのが特徴的で、組織学的に好酸球増多と気管支周囲の平滑筋の肥厚、mucus plugging, Kirchmann’s(Curshmann‘s) spirals(ねじれた粘液)が認められる。
【脳神経編】
・てんかんに伴う突然死は病理学的に所見が出ないことで有名。今号の特集に別項目で特集を組んでいるのでそちらも参照(まだPDFなし)。
・ほかに神経関連での突然死としては、脳内出血や脳梗塞、動脈瘤破裂。
・ところで、薬の誤用が疑われた症例で血清学的なサンプルが得られていないとき(死んでから来院までに時間がかかっている、など)には、出血巣の血液塊が薬物を含有していることがある。
・第三脳室のcolloid cystは見逃されやすい(brain cuttingによって)。
【血液編】
・Sickle cell diseaseやsickle cell traitでも突然死になりうる。
【代謝編】
・代謝系の異常はしばしば突然死の原因となりうるが、肉眼的・組織学的・血清学的に異常を来さない。
・代表例は糖尿病性とアルコール性のケトアシドーシスである。
・インスリンを使用している場合には低血糖もありうる。まれに、non-ketotic hyperosmolar hyperglycemiaを来すときもある。
・剖検時、もっとも生化学的な検査に向いているサンプルは硝子体液である。ほかの体液もある程度の役には立つが。生前のHyperglycemiaを証明するのにはうってつけ。(普通は糖濃度は0である)
【アレルギー編】
・食物摂取歴や「虫を食べた歴」、「服用歴」が重要。しかし、そういった病歴がとれないこともしばしばある。剖検所見としてはときにぜんそく肺と同様のhyperinflated lungやmucus plugging, mast cell tryptaseやIgG値の異常が見られることもあるが、いずれにせよ特異的所見ではない。
【アルコール常飲者との関連】
・突然死のリスクが上がるのは間違いない。食道静脈瘤の破裂(←肝硬変)などがある一方で、まったく何もつかまらないことはよくある。
・急性アル中死のときのアルコール濃度平均は356mg/100ml (range 250-510mg)。
・胃内容物が気道内にあっただけでは生前に窒息した証拠にはならないが、組織学的に肺に反応性変化があれば窒息の傍証となる。
・アルコールは不整脈のリスクとなると長い間信じられてきた。大酒を飲むと、holiday heart syndrome(休暇明けに出るやつ)のような不整脈が生じることがある。心房粗動や心房細動、上室性頻拍が出る。心室頻拍からVfになるときもあるらしく、どうもこれが常飲者の突然死の原因となっている節もある。
・なお、肝障害や膵障害があるアルコール常飲者はQT延長のリスクがあがるとされる。
・退薬症状は6-8時間で現れる。発作が現れるのだが、それがてんかんにまで進展することはむしろまれ。Delirium tremens(酒客譫妄)はもっとも強い症状で、死亡率が1-5%ほどある。肺炎、肝障害、膵炎がその病態。
・アルコール性ケトアシドーシス: 脂肪酸のβ酸化がとまり、アセチルCoAの余剰が生じてβ-hydroxybutyrateが蓄積。これがacetoacetic acidやacetoneに変換され、ケトアシドーシスが起こる。
【外因性の死亡】
・Negative autopsyのとき、毒物学的検査が解答をもたらすことはままある。この際、どんなサンプルを採取するかを選ばなければならない。これは本来「剖検前に」議論されるべきことである。
【非合法薬物関連死】
・薬物関連死を証明する際には、「病歴の聴取」「注射痕のチェック」「Natural diseaseの程度」「死後の薬物濃度」などを把握する必要がある。耐性の確認も必要。ヘロインその他のオピオイドはtolerantが早い。しかし、「出所後」の人間だったりすると、退薬に伴いtoleranceが低下している可能性があり、低い濃度でも死に至ることがある。
・Methadone関連死においては、治療時濃度と死後の血中濃度がoverlapしているとされる。
【処方薬】
・よくあるのは抗不整脈薬。どのように処方されてきたかを丁寧に聴取。処方薬が死亡に関連していた場合には届けなくてはならない(UKの論文)。
【医療器具】
・薬物と一緒。
【毒性のある気体の吸引に関連する死亡】
・CO: Cherry-pinkが特徴的。ただし、高齢者や小児では比較的低濃度で死に至る場合があり、このときcherry-pinkが目立たないこともある。カルボキシヘモグロビン測定をルーチンでやっているラボは少ないため、気づかなければ。・死亡時の周囲状況の確認も必要になる。
・CO2(高炭酸ガス血症): 急性脳症の原因となりうる。剖検所見はまず何もとらえられない。まるで心臓病でなくなったかのように見える。
【低体温】
・剖検時には何も所見が出てこないことが多い。
・大きな関節におけるred patch、胃のびらん、膵炎などが証明されることがある。
・しばしば、「hide and die synd」と呼ばれる現象が現れる。服を脱いでいたり、カップボードやベッドの下に倒れていたりする。
【感電】
・実は感電のサインを見逃すことがある。特に、手のひらなど(死後硬直の影響もあり)。
【外傷】
・外表に傷がないと、死因がわからなくなることがある。たとえば、「Commotio cordis(心臓振盪)」と呼ばれる状態は、心臓自体は正常に見えるのだが死因になるときがあるという。
【心臓振盪】
・18歳未満にみられることがほとんど。心室細動になるらしい。衝撃をうけてから数秒で意識を失う。剖検になることは少ないが、剖検を行っても心臓自体に変化は見られない。
【脳振盪】
・頭部外傷による死亡は多くの場合、外傷後すぐには訪れない。ただ、頭部外傷の直後に突然死するというのは実はレアであるが、有名である。詳細な神経学的所見をとっても、所見は得られない。
【上気道閉塞】
・上気道の窒息がmechanicalにおこると、特異的な病理学的所見は得られない。Asphyxial death(窒息死)においては、各種臓器のうっ血やチアノーゼ、点状出血などは認められないことが多く、逆に「窒息じゃないとき」に見られることすら多い。自殺するときにプラスチックバッグをつかって窒息すれば、病理医はまったく証拠をつかむことができないとさえ言われている。
【水中からあげた死体】
・事故も自殺も他殺もあり得る。他の病気により失神して落ちただけかも。
【風化してしまった死体】
・完全に白骨化した死体では死因はわからないことも多いが、その程度によっては死因を特定することが出来る。
・毒物学的検査もふつうに行うことが出来る。
だいたいこんなかんじである。まとめると、「突然死の原因はやまほどある」が、「解剖をしてもわからないことはままある」のである。
で、だ。
病理解剖をしたときに、ぼくらはレポートを書く。そこに、「いろいろ調べたけど死因はわかりませんでした」と書くことを、ぼくは部下や医学生にはおすすめしていない。
それはあくまで、「病理解剖を終えた時点でわからない」というだけのことだからだ。上のまとめを見てもあきらかなように、病理医が死体を肉眼で見て、顕微鏡を駆使してさんざん調べても、わからないことは確かにいっぱいあるが、そのとき、「主治医と相談しながらさらに考え続ける」ことこそが重要なのである。しかし、一般には、病理医が「わからない」と言ってしまうと、その時点で「死因不明」として片付けられてしまうことも多い。
「不明だから考え続けよう」というのと、「不明なので調査を打ち切ろう」との差は、現場ではさほど大きくはないのだが(ざんこくな話だ)、しかし、関わった人からすると大きな違いに感じる。
だから、病理医はこのようにレポートを書くべきなのである。
突然死の原因について。
・心臓関連: 心筋梗塞はない。不整脈については病理学的には評価しきれない。○○に関してはない。△△についてはまだわからない。
・肺関連: 肺血栓塞栓症はあったかなかったか確定できない。肺出血はない。気胸はないと思う。
・血管関連~~
・消化器関連~~
おわかりだろうか。「ないものはないと言う」こと、そして、「わからないところはちゃんとわからないと書く」こと。この両者を、両方とも逐一やっていくということだ。「原因をひとつひとつ考えました」というならば、本当にそのひとつひとつを丹念に書いていく。そして、主治医と一緒に、さらに考え続けるための素材を提供する。
これらを一切やらずに、「死因は不明です」とだけ書かれた病理診断報告書は、最低限の仕事にはなっているが、最低レベルのホスピタリティしか備えていないように……ぼくには思えるのである。もうちょっとやさしく働こう。