カメラの先端から、マジックハンド的なものを伸ばして、組織を採取する。
カメラで病変を拡大しながら、「ここは確実に病気だろう」というところを狙って、組織をつまみとる。サイズとしては小指の爪を切ったときの切りカスくらい取れる。
この作業を生検という。病変をきちんと狙ってマジックハンドを伸ばすから、昔はこれを「狙撃生検」と言ったけれど最近あまりこの呼び方を耳にしなくなった。狙撃というのはちょっと物騒だから、かな?
で、とってきた小さな組織片はすぐにホルマリンに漬けられて、病理検査室に運ばれる。
まずはホルマリンに漬けた状態で半日~1日待つ。小さい検体だと半日くらいでもまあよい。あまりホルマリンに長く漬けすぎると、タンパク質やDNAが劣化するので、ホルマリンに漬けっぱなしの時間は48時間を超えてはいけない。
十分にホルマリンによる組織固定がすすんだら、これをパラフィンとよばれる「ロウ」の中にしずめる。というか、しずめるだけじゃなくて、細胞の中にもパラフィンが行き渡るような処理をする。このとき、何種類かの有機溶媒を使ったりもする。
パラフィン(ロウ)は冷やすとかたまるので、最終的には樹脂の中にとじこめられた蚊のように、ロウの中に組織片がとじこめられる。パラフィンブロック、と呼ぶ。この状態だとかなり長く保存できる。タンパク質だけなら30年以上持つ(RNAはさすがにきびしい)。
そしてこのパラフィン漬けの組織を薄く切ってプレパラートにのっけて、色をつければ病理医が見る「標本」になる。けっこうな手間がかかっている。
標本を見て……
数ミリくらいの標本を顕微鏡で見て……
はしっこに……100 μm(マイクロメートル)くらいの、ちっちゃーい範囲に、おかしな細胞を見つけた!!
さあ診断だ! 病気の正体を見極めよう。
と、まあ、こんな感じで進めていく。たった100 μmくらいであっても、病気が含まれていれば見抜くことはできる。
しかし、ときには、100 μmどころか、10 μmくらいしか病気っぽい細胞がとれていないこともある。サンプリングエラーだったり、「そもそも狙撃生検で採りにくいタイプの病気」だったりする。ままあることである。
そうなると、病理医としては、このような報告書を書かざるを得ない。
「病変微小のため、診断確定が困難でした。」
いやいや……せっかくあんなに苦労して、検体を採取したのに……プレパラートだってけっこうな手間をかけて作ったのに……ちょっと顕微鏡で見ただけで、「診断がむずかしいです」というのは、ちょっと雑ではないか? いや、はっきりと雑である。
こういうとき病理医はどうするか。ぶっちゃけ顕微鏡を何時間見ようと、細胞があまり取れていないのであれば、診断の進めようがない……が!
じつはひとつ、やるべきことがある。それは、「もう数枚プレパラートを余計に作ってもらう」ということだ。
パラフィンというロウに埋め込んだ検体を、「薄く切ってガラスプレパラートに載せる」ことで標本ができあがるのだけれど、この、「薄く切る」を、くり返してみるといい。
組織片は、金太郎飴のように、どこを切っても同じ顔というわけではない。うすぎりを続けていくと、だんだん面がかわる。最初けずっていた部分と違うところが、だんだん表面に出てくる。
ガラスに載せる切片(せっぺん)、1枚はだいたい4 μmくらいの厚さしかないが……。
たとえば15枚ほど連続で薄切(はくせつ:薄く切ること)をすると、それだけで、60 μmくらいは「ずれる」。
すると、もともと10 μmくらいしか見えていなかった病変も、けずりこむことでだんだん姿を現して、最終的に100 μmくらいの姿になる……かもしれない。
これを深切り切片作成という。この深切りをやったところで、いつもいつも、情報が増えるわけではない。切ったら切っただけ組織がなくなってしまって、おわりかもしれない。
けれども、結構な手間をかけて、患者だって検査に緊張して臨んで、がんばって採ってきた検体なのだから、これくらい「粘って」みないとだめだと思う。わからないと決めつける前にちょっと粘る。それが病理医のたしなみだと思うのだ。