2023年4月11日火曜日

病理の話(765) サンダーよりもサンダース

病理医という職業はけっこう珍しいほうだと思うが、その珍しいものの中にもさらに、仕事のスタイルの違いがある。イーブイがシャワーズに進化するかサンダースに進化するかブースターに進化するかで違う、みたいな話を今日はする。

「病理診断」という仕事を主にやっている病理医がいる一方で、「研究」をメインに働いている病理医がいる。「診断」と「研究」を両方やる、二刀流みたいなタイプもいる。

まずは診断と研究のふたつに分けてみたけれど、診断とか研究の中にも、さらにバリエーションがある。


そのため、病理医を100人集めたらみんなすごく気が合って話が合うかというと、そんなことはぜんぜんない。お互いにやっていることも興味の向く先もけっこう違うからだ。

もっとも、病理医ばかりをいっぱい集めて観察すると、なんとなく、ひねくれ方というか、ニッチなものへの好奇心の強さみたいなものがそこそこ共通しているような気もする。「たしかに元は同じイーブイだったんだなあ」みたいな。




さて、今日は「病理医の研究」についてもう少し詳しく見てみよう。
いろんな研究がある。


・顕微鏡で細胞がどう見えたら、患者がどうなるのかを「分類」する

・顕微鏡で細胞を分類するにあたって、どのような見え方に着目すればいいかを「指摘」、もしくは「発見」する

・分類とか発見の結果をもとに、何百例、何千例と症例を集めて、「統計処理」をすることで、分類や発見が「どれだけ利用価値があるか」を定める

・病気の患者に薬を投与して、効くか効かないかを調べる……のは、あんまり病理医はやらないかな? でもやっている人もいる。

・患者からとってきた細胞を特殊な方法で処理して、病気の原因となっている遺伝子やタンパクなどを調べる

・患者とは関係ない実験用の細胞を用いて、遺伝子やタンパクなどを調べる(もはや病気とも関係ない)


こうして書いてみると見事にバラバラだ。ただ、実際の研究者たちの顔を思い浮かべてみると、病理医という医師がかかわっているだけあって、「病気」を相手にしている割合が多い。

まれに病気と関係ない研究をしている病理医もいるが、やっぱり多くの人は病気を研究している。

生命科学の研究自体は、理学部とか農学部のような、医者ではないジャンルの方々も取り組んでいる。そして必ずしも病気を対象にしているわけではない。しかし、医師はやはり、病気をなんとかしようというモチベーションが高いように思う。




ところで……ほかのさまざまな生命科学研究者に混じって、病理医という特殊な職業人が、あえて研究をするメリットがあるのでしょうか? みたいな質問を受けることがある。

研究をするなら純粋な研究者になればよい、ということだ。わざわざ医師免許をとり、病理専門医のようなマニアックな資格をとってから、診断や治療をせずに研究をするなんて、「遠回り」なのではないか、ということだ。 



でも、「病理医になってから研究をする」メリットは、けっこうあると思っている。

病理医は、ほかの医者と比べてもかなり多くの病気に触れる立場だ。患者から採取されてきた細胞や臓器(患者の一部)を相手に仕事をする分、ふつうの医者よりも経験する症例数が数倍~10数倍くらい多い。

その経験の量が、病気にかかわる研究をするにあたっては、やはり武器になると思う。「病気をなおす」とか、「病気を予防する」という目的にまっすぐ進もうと思ったら、やはり医療の現場をよく知っているほうが有利な部分もあると思うのだ。

加えてマニアックなことを言うと、細胞の形の変化を日常的に目にしている病理医だけが気づける、「勘所」がある気がする。ぼくの個人の意見ではなく、かなり多くの病理医がそう思っている(専門の医学雑誌などでもそういう意見を目にする)。形態学的なアプローチからオミックス解析を試みる、みたいな(専門用語ですみません)。




雷属性のポケモンがほしいというだけならサンダースでなくてもいい。しかし、元がイーブイであったことに意味があるんじゃないか、みたいなことを、今日のぼくは書いている。サンダーでもいいんだけど、やっぱりサンダースがいいと感じる場面があるということだ。「なぜ?」と言われると、これはもう、ちょっぴり理屈を越えていて、思い入れみたいな部分も大きいのだけれど、たぶん、こうかはばつぐんなのである。