2023年6月27日火曜日

病理の話(791) 自称エースの陥りがちな穴

どうも! おはようございます! 自称病理診断科のエースです! このたびわたしは自尊心を砕かれる「誤診未遂」を経験したのでこちらに書かせて頂きます!


医師21年目のぼくはたいていの難しい病理診断をなんとかこなせるだけの経験と知識を兼ね備えている。しかし今回、「たかだか20年選手だとやりがちな失敗」を見事になぞった。最終的には頼りになる複数の病理医の力を借り、患者や主治医に間違った診断を出す前にまちがいに気づくことができたのだが、ぶっちゃけ、あといくつか変な穴をくぐったらぼくは見事に誤診していたと思う。


どういう失敗をしたのかかんたんに説明しよう。まあ具体例は書けないので、ぼんやりと、ではあるが。



ぼくはある病気の細胞を見ていた。細胞の配列や性状などから、だいたい10種類くらいの病気を思い浮かべた。そして最終的に、次の(A)と(B)とで迷った。


(A)かなり珍しい病気Aが、やや珍しい細胞配列で出現している

(B)そこまで珍しくない病気Bが、やや珍しい細胞配列で出現している


「……?」となった人もいるだろう。もうちょっと説明しよう。

単に、病気Aと病気Bで悩んだだけではない。

この病気は、「病気AとしてもBとしても珍しいパターン」であった。

病気の細胞というのは、いつもいつも「型どおり」の像を示すわけではない。ときおり「非典型的なパターン」というのをとりうる。

ただでさえ珍しい病気Aや、そこまで珍しくはないけれどめちゃくちゃ遭遇するわけでもない病気Bは、そもそも、典型的な細胞配列であっても診断が難しい。でも今回のはおそらく、非典型的なパターンだ。となると、余計に診断が困難になる。


昆虫に例えよう(何故?)。

カブトムシは大きな角と小さな角が縦に並んでいて、クワガタは同じくらいのサイズの角がハサミのように横に並んでいる。

これがいわゆる「典型」だ。

ところが、ぼくの見た虫は、大きな角と小さな角が横に並んでいた。

カブトとしてもクワガタとしてもおかしい。いずれにしても非典型的である。たぶんどちらかの「亜種」なのだろう。

さあどっち? という話だ。


ぼくのような「20年選手」は、ここで無意識に、やらかした。


(A)かなり珍しい病気Aが、やや珍しい細胞配列で出現している

(B)そこまで珍しくない病気Bが、やや珍しい細胞配列で出現している


このどちらかと考えて、結果的に(A)の、「かなり珍しいほう」ではないかと決めつけてしまった。

ヘラクレスオオツノカブトの珍しいやつか、ミヤマクワガタの珍しいやつ、どっちか、という問題で、「ここはまず、ヘラクレスの可能性から考えるべきだよな!」……となってしまった。


「より珍しい病気Aをビシッと診断できたほうがかっこいいし、より珍しい病気Aを見逃すとプロとして悲しい」


言語化するとこうなる。……うわあ。これは恥ずかしい。けれどぼくは実際にそういう感情で診断を間違えかけたのだ。


「病気Aとしても病気Bとしても合わないけれど、免疫染色のこの結果この結果は病気Aっぽいし、免疫染色のこちらの結果は病気Bを否定するなあ。」

一見、理路整然と診断の地固めをしているように見える。でも、ほかの病理医を話をしながら冷静に顕微鏡を見直すと、じつは、下線を引いた「免疫染色の判定」の部分がすごく甘かった。

この結果が出てくれれば、病気Aと診断できる……」

のように、無意識に病気Aと診断したかったから、染色の結果(陽性とか陰性とか)を、自分の都合のよいほうに解釈していた。



免疫染色って難しいのだ。というか、検査の類いはすべて難しい。デジタルで「陽性」「陰性」と判定される類いのものではない。判定の根拠は込み入っているし、「グレーゾーン」も多々ある。そういうのをわかって、複合的に診断に近づいていくのが医師の仕事なのだが、ぼくは今回、「ヘラクレスを見逃す自分はいやだなあ」という思いに囚われていた。



経験豊富な病理医にコンサルトしたところ、「あーこれは珍しいミヤマクワガタだね」と言われたところで、自分でも気づかなかった「呪縛」みたいなものがバンとはじけて、次の瞬間から細胞の見え方が変わるのである。「確かに……これ……ミヤマの証拠けっこうあるやん……」。



どうも! 自称エースです! ぼくがエースでいられる理由ですが! 「自分はこうやって失敗しがちだ」ということを多少なりとも自覚しており! 若いときよりも少し慎重になったから! やべぇ誤診までたどり着く前にブレーキをかけられるので! エース名乗らせていただいておりやす! 辛い