2023年8月22日火曜日

病理の話(808) 断面図で3Dを脳内再現する訓練

病理診断というものは一種の断層診断である。


体内から採取してきた細胞を、4 μmという非常にうすいペラペラの状態に「薄切」して、それに色を付けて下から光を当てて上から顕微鏡で覗く。4 μmという厚さは髪の毛(50 μmくらい)よりもはるかに細く、白血球や赤血球(5~10 μmくらい)よりも薄いので、ほぼすべての細胞は断面にて観察することになる。


このため、細胞が織りなす三次元の構造をそのまま観察できない。断面しかわからないのだ。となるといろいろ想像力が必要になる。


たとえば。

胃の粘膜の中では、細胞が「試験管」のような配列をとることがある。細胞が作り出した粘液や胃酸、ペプシノーゲンなどを、試験管の中に放出して、それをピッピコピッピコ胃の中に分泌(ぶんぴつ)するわけだ。

この「試験管のような構造」のことを陰窩(いんか)という。陰窩がひとつだけ粘膜の中に存在するとき、顕微鏡でそれを見ても、すぐに「ああ試験管のかたちだな。」とはならない。切れ方による。

横切りに切れていれば、細胞が輪っかのように並んでいることがわかるだろう。斜めに切れていれば楕円に配列するはずだ(下の図の1)。そして、試験管は粘膜の中に1つだけ存在するのではなく、無数に満ち満ちているわけだから、断面で観察すると、視野の中に輪っかがいっぱい並んでいるということになる(下の図の2)。



最後の「3」は、細胞配列が乱れて、試験管のならびがくずれて、へびのようにうねってしまった状態を指す。このとき、断面の角度がうまくハマると、楕円状の構造が次々連なって観察できるのだが、「2」との区別には工夫がいるだろう。ひとつひとつの輪っかが、楕円の長軸方向(長い方の向き)に並んでいれば、元はうねった一つのへび型試験管だなと想像できるし、長軸・短軸関係なく満ちていればそれはきっと試験管自体がたくさん存在するのだ。


「2」の試験管の量とか密度といったものは、細胞の増殖活性、すなわちどれだけ増えようとしているかと関係がある。


「3」の試験管の構築の乱れといったものは、細胞の増殖場所のムラや、細胞の機能と関係がある。


これらを見極めながら、なるほどこの細胞にはこういう異常があるのだな、と推論を重ねていく。



細胞がレンコンのように、ひとつの塊の中に多数の穴を持つ構造に配列したら、断面ではどう見えるか? 角度によってどう変わるか?


細胞がカーテンのように、うねるシートの形で配列したら断面ではどう見えるか?

血管の周りに細胞が並んでいるというのはどういう状態か? ジグソーパズルのように平面を埋め尽くすような配列にはどんな意味があるのか?



そういったことを見て考えながら、どの病気にどういう細胞が出現するのかを照らし合わせていくのだ。けっこう想像力を使う仕事だなと思う。