2018年2月20日火曜日

君と余だ

手紙がきた。

先日出した看護学生向けの教科書について、看護関係の会の偉い人から、「いい本だね」とほめられた。手紙にはそう書かれていた。喜びが伝わった。

手紙の最後に、

「献本してなかった人なんですけど……」

と書いてあって笑ってしまった。

でもまあそれはしょうがない、エライ人だから献本して読んでいただくというのもへんな話だ。



もう一通手紙がきた。こちらは宛先が筆で書かれている。あっ、と思った。

中学校時代に通っていた塾の、塾長先生だった。ぼくは当時、札幌市内にある私塾に通っていた。塾長先生はもう80近いはずだ。ぼくは引っ越しを繰り返すうちにすっかり没交渉になってしまったが、両親はきちんと毎年手紙のやりとりをしていたと聞き、先日思い立って年賀状を送り、さらに教科書を送りつけたのだ。

先生は本を読んで感想を書いてくれた。縁が再びつながった気がした。今度、お宅に遊びに行かせてくれと返事を送った。



手紙にはほかにもいろいろ書かれていた。だいぶご高齢で数々の病気を経験されているそうだが、唐突に「今度南米に行ってくる」と書かれており、相変わらずたいしたバイタリティの人だなあと笑ってしまった。

ぼくが中学生時代というと今から25年以上前となる。先生もまだお若かったが、すでに経営の一部は息子にまかせていらっしゃったはずだ。先生本人はもともと英語教育の人だが、ぼくがその塾に入ったときには象徴みたいな存在になっており、講義にはたまにしか出てこなかった。

塾のエースともいえる別の人気講師が授業をやっているときに、教室の前のドアが突然バーンと開いて、高笑いと共に塾長が入ってくる。やけに縦長の、とても大きな字で、それまでの授業の流れを無視して黒板にガッガッといくつかの単語を書く。そして、その単語とは無関係に、大きな声で語るのだ。

「最初に海外でハウアーユーと言われた時ぼくはわからなかったんだ。彼はハウアーユーとは言っていなかった。ハワイー、って言っていた。ぼくはハワイがどうしたんだろうと思った。けれど彼はハワイーと言いながらぼくの返事を待っているんだ。よく日本人はhow are youと言われるとなんでもアイムファインと答える、と揶揄されている。知っているか。試験でもhow are youの答えはたいていファインセンキューだ。でもあれはおかしい。ときには調子が悪いこともあれば機嫌が悪いこともあるだろう。そういうときはこう答えろ。

So so.

これで通じる。ニュアンスは表情でつくれ。そうそう。それでいい。So so. これでいいんだ。」

ぼくはこの「so so」が好きで、いつかどこかで使おうと、ずっと思っていたのだ。結局今まで一度も使ったことはないのだが。

先生は、初対面の外国人に元気かと聞かれて、まあ普通だねと答えながら砕けるような笑顔で笑い返すことができるカリスマの人だった。今度なにかおいしいお菓子でも持って行って、ゆっくりと昔話をしようと思っている。

2018年2月19日月曜日

病理の話(171)

医療者たちが診断に用いるCTやMRI、超音波、内視鏡(胃カメラ・大腸カメラ)は、一般に「画像検査」とよばれる。

これらを用いると、病気のいろいろがよくわかる。ただ、そのメカニズムについてはあまり世間には知られていない。


まずはX線の話をしよう。


俗にレントゲン検査と呼ばれるX線検査をバシャッとやると、”アニメのキャラクタが稲妻にうたれたときのような”、「影絵(シルエット)」がとれる。

いちばんわかりやすくシルエットが出てくるのは、ホネだ。まさにアニメで電撃ビリビリやったときのような感じでうつる。でも、シルエットになるのはホネだけではない。

脂肪、筋肉、あるいは臓器。体の中にあるさまざまなものは、それぞれX線の透過率が異なる。だから濃いのやうすいのや、様々なシルエットとして写る。

いわゆる胸部レントゲンとか腹部レントゲンと呼ばれる写真では、体の厚み分がまるごとすべて「影絵」になる。たとえば肋骨と肺と体脂肪のシルエットがすべて重なって写る。熟練した技術がないと病気の判定はできないし、臓器ひとつひとつを個別に検証するのも難しい。

そこで開発されたのがCTだ。CTもまたX線による「影絵装置」であることにかわりはない。

ただし、解像度(あるいは分解能という)が段違いである。シルエットを重ね合わせるのではなく、臓器ひとつひとつを個別に写し出す、いわゆる「輪切りの断面図」を得ることができる。

とても役に立つ検査だ。日本にCTがやたら多いのもうなずける。しかし……。

実は、「X線の透過率の差」だけで病気を見極めるのは、CTであっても、かなり難しい。

「濃い・薄い」の濃淡だけで臓器の中に何が起こっているかを見極めるのはたいへんだ。

もう少していねいに説明しよう。

濃淡の差が激しければみつけやすいが、差がとぼしければ見つけづらい。

当たり前だろうって?

この当たり前が、医療においてはけっこう深刻な問題を引き起こす。

「濃淡の差が激しい」とは、正常を逸している度合いが大きいということだ。一般的に、「病気がある程度進行している」ことを意味する。

でもぼくらは、病気が進行する前に見つけ出したい。要は早期発見をしたい。

となると、できれば「濃淡の差があまりないときにこそ、見つけ出したい」となる。原則ぼくらは、見つかりにくい変化をこそ、見つけたいのだ。



だったらどうするか?

X線の透過率、すなわち「成分の比」だけで画像を作るといろいろ難しいのだから。

もうひとつ、情報を足してやればよい。



その情報とは、「血流の多さ」、「血液の流れ具合」である。




病気というのは、がんにしろ、炎症にしろ、そこで普段と違うことが起こっている。普段と違うことが起こるというのは、いってみれば「そこだけ戦争が起こっている」ようなものだ。

戦争が起こっている場所には、敵(病気)がいて、味方(体が病気を治そうとする力)がいる。

こいつらは、戦うために、より多くの血流を必要とする。

病気がない場合にも、臓器ごとに決まった量の血液は流れ込んでいるのだが、病気のある場所においては、その血液の流れる速度、流れ込む量、あるいは血液が出ていく速さなどが、正常の場所と比べて変わってくる。

「血流のダイナミズム」。これを考慮することで、単なる「高度な影絵」だった画像診断に、一気に複合的な情報が付加される。




血液の流れる量をどうやって可視化するか? それが「造影剤」と呼ばれる薬だ。

造影剤は、血液の中に混じって、ふつうの血液と同じように全身をかけめぐる。そして、この造影剤は、X線をほとんど通さない。

血管の中に造影剤を注射した瞬間から画像をとりはじめると、造影剤はまず静脈にのって心臓に戻る。その後、肺の中に入って、肺から出て、また心臓に戻って、次に全身の動脈にばらまかれる。

注射して約30秒もすると、全身の動脈に造影剤がいきわたり始める。正常の臓器にも。病気の部分にも……。

このとき! 病気の部分は血流が多くなっていたり、あるいは周りよりも早く栄養をとりこもうとたくらんでいたりするので、周りの正常部分よりも少し早く、少し多くの造影剤を一緒にとりこむことになる。

そこでバシャッと写真をとる。病気の部分だけが、周りよりも強いシルエットになって写る。



これが造影CTだ。




ここまでをまとめると、

・X線を用いたレントゲンやCTという検査は、基本的に影絵だ。

・X線の透過率は、その臓器を構成している成分によって決まる。濃淡の差がでる。

・造影剤を使うと、成分による影絵のほかに、血流の情報を加味して、病気を見極められる

となる。

「成分」と、「血流」である。





じゃあ、超音波検査とか、MRIという検査は、いったい何を見ているのだろうか。

内視鏡は何を見ているのだろうか。

……この話、ひさびさに「続く」としましょう。次は病理の話(172)で。

2018年2月16日金曜日

パンが好きです

うどんを食うことを考えている。

土曜日の昼間だ。やることはまあある。しかしまずはうどんだ。

平日よりも2時間ほど遅く目が覚めたあと、のっそりソファに座って、朝飯もくわずにひざの上にPCをのせ、しばらくパタパタいろいろ書いたり読んだりしていた。テレビの音量は絞っていたがなにやら楽しそうにしていたのでそのままにしておいた。薄曇りの空が白く光っていて、厳冬にも関わらず部屋はわりと明るく灯りをつけなくてもよいくらいだった。

ふと見るとPCの充電が半分くらいになっている。そろそろPCを閉じてうどんを食いに行こう。平日にはなかなか行けないうどん屋に行こう。それが一番いい。出張のない土日は久々だ。うどん屋に行くなら、今日だ。

出張のない土日。札幌にいられる土日はいつ以来だろう。うれしい。札幌にはあちこち行きたいところがある。いまさら感がすごいが、この年になってあらためて、札幌をめぐってみたい気持ちがわいてきた。

ぼくは札幌産まれ札幌育ちだ。それでいて、札幌のラーメン屋とかスープカレー屋、蕎麦屋などをおちついて巡ったことがない。バーも焼き鳥屋も数えるほどしか知らない。地元に詳しくないのである。

大学時代、本州出身の友人たちは、はじめて生活する北海道という土地に対し、ちょっとこっちが引くくらいの愛情をもっていた。とにかくどん欲だった。夏休みや冬休み、長すぎる春休みなどを駆使して、彼らはドライブに明け暮れた。店という店を味わいつくす気まんまんであった。観光地という観光地を訪れまくり、ガリンコ号も雲海も宗谷岬も知床岬も二十間道路も、道の駅だって完全制覇である。

一方のぼくは生まれ育った町に対して、あらためて社会見学しようとは思わなかったし、北海道中膝栗毛を気取るつもりもなかった。思春期にありがちな、「さめていた方がかっこいいという理屈」も人並みに持っていた。

結果的に、大学を出るころには、道外出身者のほうが北海道の魅力に詳しくなり、道民が知らないようなお得な情報、おいしい店、きれいな景色、すてきな宿に精通していて、生粋の北海道民はむしろ生まれ育った土地に対し相対的に無知になる。北海道の大学生あるあるパターンと言える。

立派な中年となった今、かつてほどのトゲもなく、今さら自分の経験不足が惜しくなり、地元愛にも気づいて、遅まきながら思う。

自分の住んでいる町のおいしいものくらい食べ歩いておけばよかったなあ、と。

でも、そうか、札幌市内の飯屋くらいなら、この年であってもいろいろ回れるよなあ。

手始めに、今日はうどん屋に行こう。ぼくはうどんが大好きで、香川ではかれこれ50軒以上のうどん屋に行っているというのに、札幌では数えるほどしか行ったことがない。

これからは土日は休んでうどん屋に行くのだ。うどんの次はそば、その次はラーメン、スープカレー……。行きたいところはいっぱいある。まずはうどん屋だ、しかしどこのうどん屋にいこうか。候補探しのために、一度閉じたPCを再び開いた。





よし、ここだ! このうどん屋に行こう! 迷いに迷ったあげくに時計はもう1時を回っていたが、ようやく店が決まった。さっそく着替えて出かける準備をする。スマホと財布をズボンのポケットに片方ずつ入れて、……そういえばはじめて行く店だ、もう一度住所をきちんと調べておこうとスマホを取り出して検索した。そこにはこう書かれていた。

「麺が無くなり次第終了」

「土日祝日はお昼すぎには麺がなくなることがあります。ご了承ください。」






あーめんどくせぇ。食パンを焼いて食べた。土曜日はもう半分終わっていた。

2018年2月15日木曜日

病理の話(170)

國頭英夫先生(日本赤十字社医療センター)が雑誌「Cancer board square」に新連載をはじめている。

「國頭ゼミの課外授業 わたしたちのキャリアプラン」というタイトルなのだがこれがめっぽうおもしろい。




看護学生に対するゼミをもっている國頭先生は、かつて、ベストセラー「死にゆく患者(ひと)と、どう話すか」にてゼミの学生たちとの講義録を惜しげもなく公開した。この本は、医療者もだけれど、非医療者も読んでおもしろいだろう。

だって、「死にゆかない人」なんていないからな。

死の話は避けられない。だからこの本は全員が対象となる。

かつ、この本は読んでいてくらい気分にはならない。億劫にも思わない。

死の周りにたちこめる、くらくかなしい気分は、表紙からも本文からもあまり感じられない。なぜだろう?

この本に登場する「ゼミの生徒たち」が若々しいから、だろうか……。




看護学生という若者たちが、自分からはまだだいぶ遠いところにいる「死にゆく人」に思いを馳せ、近い将来の自分たちが看護師としてどう接することができるだろう、と考えていく過程。クソ怖い教師が見守りツッコミ導いていく姿。なんだろうな、ふるえるほどにおもしろい。

ちょっと考えてみてほしい。

看護学生が、ジジイババアの死に際についてまともに理解できていると思うか? あなたは思うか? きれいごとを捨てた、今のあなたは、直感的にどう思うか?

ぼくだったらまず、「無理だろ」と思う。

8割くらいの人が同感していただけるのではないか。若き看護学生ごときに死は語れまい、と。

國頭先生は授業をし会話を続ける。たかが看護学生が相手だ。しかし、必ずしも國頭先生の一人勝ち展開とはならない。これが、なんというのかな、胸のすく思いがする。國頭先生の狙い通りなのだとしたら、脱帽だ。

日本最強の腫瘍内科医としてずっと臨床に立ち続け、「白い巨塔」の監修をしたり、里見清一名義で多くの著作をあらわしつづけている國頭先生の思索はふかすぎる。でも國頭ゼミの生徒たちは、國頭先生がどれだけ「エライ人」であるとかどれだけ「ユウメイな人」であるかを特に意識せずに、それでいて國頭ゼミにどっぷりつかりこんで、幼弱ではあるがそれゆえむしろ世の中の原基に触れるような、きわどい会話を繰り返していくのである。




そんな國頭ゼミの続編、というか番外編の連載がはじまった。

ぼくはCancer board squareに小さな連載をもっているので、毎号、この雑誌を送ってもらっている。届くとまず、自分の連載が載っていることを確認するのが常だ。しかし前号と今号は違った。まず國頭先生の連載を読むのである。

最新号では、國頭先生と二人の学生たちが「がん」ということば、さらには「大丈夫」ということばについて語る。がんということばはどれだけ患者にショックを与えるのか。そして、「大丈夫ですよ」ということばを医者が使いづらくなっている現状などについて、学生たちと鋭い対話を続けていく。興味深く目が離せない。

そして、おもしろいだけではなく、実はぼくは青くなった。

実は、某他紙の連載に、「大丈夫」という病院ことばについて書いたばかりなのである。しかもその記事はこれから出版される。自分が必死で書いた内容を弁護したいのはやまやまなのだが、國頭先生とゼミの生徒の掘り下げ方が見事で、嫉妬心をおさえられないし、なんならぼくの記事は二番煎じみたいに感じてしまう。まいったなあ。




病理医の商売相手は幅広く、内科、外科、耳鼻科婦人科泌尿器科眼科整形外科脳外科皮膚科……さまざまであるが、商売道具は顕微鏡とナイフと脳といたってシンプルであるし、扱う素材の60%くらいは「がん」。それだけに、「がん」ということばについてのあれこれは、かなり気になる。

そもそも病理医であるぼくは、ベッドサイドにはいないし患者とも話をしない。しかし、「がんの検体を採る前」や「採った後」に、患者と医療者がどういう会話をしているかにも、とても興味がある。

死にゆくひととどう話すかなんてのは、ぼくにとっては病理の話の中心にあるべきものなのだ。

2018年2月14日水曜日

ファー

出勤しようと車のシフトノブに手をやったら、手についていたわずかな水分が瞬間的に凍った気がした。もし濡れた手で触っていたらほんとうに凍り付いていたかもしれない。なんて寒い朝なんだ。ラジオでは気象情報をやっていた。札幌の気温は朝5時半の段階でマイナス11度。納得である。それでも札幌はまだ温かい方で、帯広や北見の方面は朝方などマイナス20度を平気で下回っているようだった。

こういう朝は、もっと寒いところのことを考える。

椎名誠がはるか昔に書いていた、シベリアのニタリノフの便座についての話は、何十年経っても思い出す。……といっても細部はまったく覚えていないのだが、タイトルとか挿絵とか、いくつかのエピソードをおりにふれて思い出す。

ぼくはときどき、マイナス40度とかマイナス50度くらいの極寒地域を訪れた人たちの本を読む。なぜ、といわれてもよくわからない。たまたま積み重なったものというのが人生にはいくつか存在する。



「極寒地域本」を読んで得た知識は、たいていムダ知識だ。だってぼくの日常からかけはなれすぎているのだから。

フードの周りに毛がいっぱいついたタイプのコートがあるだろう。あの毛は日本だとなんだかおしゃれの一部くらいの意味しかもたないが、厳寒地方においてはきちんと機能を果たしているらしい。「水分が付きづらい動物の毛をフードにつけることで、フードのフチが凍らないようにしている」とのことである。

極低温の世界に数分いると、自分の吐息がばんばん凍るから、顔の周りには常に白い霧が立ちこめている。フードをきっちりとかぶっていると、霧がフードの中にこもり、眉毛や鼻毛はすぐに凍り付いてしまうし、フード自体もがちがちに凍ってしまう。ところが、フードのフチに水分の付きづらい動物の毛をつけておくことで、フードのフチが凍らなくなるし、吐息由来の霧の逃げ道も確保されて眉毛が凍り付きづらくなるのだ、という。

本当かどうかは知らないが、本当だと納得できるくらいの説得力があるので、ぼくは本当だと信じている。




シベリアやカナダ北部の人々が用いている「生きる知恵」が本当かウソかなんて、極論すれば、ぼくにとってはどうでもいいことだ。たかだかマイナス10度くらいまでしか下がらない札幌である、毛つきのコートが役に立とうが立たなかろうが、その役割が水分の発散だろうがおしゃれだろうが、どちらでもかまわない。

けれど、なぜだろう、IT社会におけるサクセスの知恵とか、毎日元気に過ごせる健康法だとか、お金がたまる習慣とはこうだとか、そういったお得情報は圧倒的にウソばかりなのに、寒いところに生きる人々の生活の知恵にはウソはないんじゃないかなと、心のどこかで全体的に信じてしまっているぼくがいる。

だって、彼らのやってる儀式とか習慣がウソだったら凍死しちゃうからさ。



最初はなかなか暖まらなかった車内も、そんなことを考えているうちに、車のヒーターが稼働し始めて、だいぶマシになってくる。ヒーターが効くまでの間がつらいわけだが、そんなときには脳内をマイナス40度の紀行文で満たしておけば、車の温度計を見ても、「なんだあたいして寒くないじゃん」と勘違いすることができる。まあ言ってみればこれもぼくの生活の知恵なのかもしれない。うーんウソまみれだなあ。

2018年2月13日火曜日

病理の話(169)

ある教科書の原稿を書いている。いくつかの役割を与えられているのだが、今書いているのは、「教えて! 病理医!」みたいな単元だ。

「内視鏡医が『これは9割方、がんじゃないな』と思った病気を念のために検査してみたら、がんだった。こんなの、ぱっと見はがんに見えないのに……。どうやって見分けたらいいでしょうか! 教えて、病理医!」

こんな質問がいっぱい載っている。

とても難しい原稿だ。必死で頭を絞り上げて書く。入力しては消し、入力しては消し。

なぜ、難しいと思う?

それは、内視鏡医が「難しい」と言っている問題を、病理医だったら「簡単に」答えられる、なんてのは、ありえないからである。

病理は直接細胞を見る部門なんだから、がんの見極めなんてカンタンでしょう? とんでもない、内視鏡医も病理医も、やり方は違えど、結局おなじ「がん」という病気をみて考える部門なのだから、一方が難しいと思ったらもう一方だって難しいに決まっている。

ずいぶんと「難しい」ということばを書いたが、今日はこの、「診断が難しいとはどういうことか」について説明をする。






医者が診断に悩むパターンというのがいくつかある。さまざまな病気ごとに悩みの種類も違うのだが、今日は話を簡単にするために、話題を「できもの」に限定しよう。

たとえば胃の中に何かできている。小さなでっぱり、へこみ、かたまり。

これは放っておいても問題ない病気(良性)だろうか? それとも、治療しないといずれ命にかかわる病気(悪性、つまりがん)だろうか?

できものの良悪を見極めるために、医者はさまざまな知識やデバイスを駆使するわけである。駆使して、何をするかというと……。

「正常の状態とのかけはなれ具合」を評価する。




水族館の水槽を思い浮かべて欲しい。

魚の大群が泳いでいるとしよう。

その中に、水族館の飼育員の人が、潜水服を着て潜ってくる。

これはもう誰が見ても「あっ、人だ」とわかる。あきらかに異質なものが混じったことにすぐ気づく。

魚ばかり泳いでいる中に人という「異なるもの」がまじっていれば、人はその違和感に気づきやすい。



正常の胃粘膜の中に、そこだけ明らかに質感の違う、たとえば盛り上がっているとか、へこんでいるとか、色が違うとか、何か血が出ているとか、そういう場所があれば、胃カメラで覗いている人はすぐに気づくことができる。

病変を見つけるというのはそういうことだ。「正常とかけはなれた部分を探す」。



逆に、イワシの大群の中にニシンが1匹だけ混じっていたとすると。

水族館見学をしている幼稚園児たちはおそらく気づかないだろう。まあぼくでも気づかない自信はある。

周りと比べて、あまり姿がかけ離れていないものが混じっていると、まず、気づくことができない。「かけはなれが少ない病変は見出しにくい」。



イワシの大群の中に小型のサメ(そんなのいるのかどうか知らんが)が混じっているとさらに難しい。

ニシンが混じっていてもイワシの生命は脅かされないだろう。

しかし、サメが混じっていると、そのサメは次第に周りのイワシを食い尽くしてしまうかもしれない。

「かけはなれの度合いだけではなく、かけはなれの種別にも注意を払う」ことが必要なのである。

イワシの中のニシン、は、「良性のできもの」。

イワシの中のサメ、は、「悪性のできもの」と考えればよい。





内視鏡でも病理のプレパラートでも、ぼくらが探しているのは「かけはなれ」である。かけはなれの度合いが大きければ、病変を発見することが容易となる。さらに、かけはなれの内容を見ることで、「こいつはこのまま放置しておくと周りを食い尽くすかもしれないぞ」と推測することができる。

かけはなれ、のことを、医学用語で「異型」とか「異型性」と呼ぶ(ちなみに「異形成」はまた別です)。

医療系の学生は組織学や病理学の授業中に「細胞異型」という言葉を学ぶ。しょせんは細胞の専門用語であって、あまり意味まで考えずに、「細胞に異型があればがん」みたいにさらっと聞き流す。

しかしこのことばの成り立ちをよく見てみると、「異なる、型(タイプ)」と書いているにすぎない。つまりはかけはなれのことなのだ。

正常の胃粘膜に比べると丈の高さが異なっている、とか。

正常の胃粘膜に比べると粘膜のざらつき具合が異なっている、とか。

色調が違うとか。ボリュームがすごいとか。

異型性を評価することで、内視鏡医は病気を見つけ、がんかがんでないかを判断する。

病理医もいっしょだ。正常の胃の細胞に比べると細胞の核が大きい、核の中のクロマチンが濃い、核の形がいびつだ、細胞質の量がへんだ、これらを細胞異型と呼んで評価しているにすぎない。

着目点こそ違えども、ぼくら医療者はみな、「かけはなれ」を診断しているのである。




「内視鏡医が『これは9割方、がんじゃないな』と思った病気を念のために検査してみたら、がんだった。こんなの、ぱっと見はがんに見えないのに……。どうやって見分けたらいいでしょうか! 教えて、病理医!」

この質問は、読み替えると、こうなる。

「イワシの中のニシンだと思ってたら、イワシの中のサメだったんですけど、ぱっと見はどっちも魚じゃないですか。どうしたら見分けられますか、教えて、病理医!」

うわぁ難しいなあ。



ニシンとサメの違い。

サメとイワシの違い。

これらを抽出する。

「イワシの中の飼育員だったらすぐわかりますね。イワシの中のニシンは見極めにくいですけれど、まあ問題ないと思いますよね。サメだと困りますねえ。普通はもっと、大きいですもんねえ。じゃあ、サメに気づくためにはどこに着目すればいいですかね……。魚の遺伝子を調べればすぐわかる? うん、そうですね。でも、毎日何百個という水槽をみているみなさんが、毎回水槽に潜って魚をとっつかまえて遺伝子検査までするのは、手間も労力もかかるし、お金だってかかりますから難しいですね。

だったらどうしましょうか。

背びれ? なるほど。

歯? そうかもしれません。

これらの違いを見つけるために、胃カメラの写真のどこに注目するのがよいでしょうか……」



この原稿は極めて難しい。さかなクン並みの知識が必要だし、さかなクンくらい人当たりがよくないと読んでもらえない。書いては消し、書いては消し、となっている。さかなクンは偉いなあ。今日は魚の話をするつもりではなかったのだが……。

2018年2月9日金曜日

Carcommunication

札幌で聴けるFMラジオのうち、大手の民放は2つあって、それぞれ「Air-G」、「North Wave」という。ほかにもいくつか草の根FM局がある。

朝はこれ、夜はこれと決めているわけではないのだが、適当にチャンネルをいじって、どちらかの局をよく聴いている。

一番ラジオを聴くのは通勤中、車の中だ。エンジンをかけるとまずラジオがかかる。少し聴いてみて、そのときの話題に興味がないとか、なんだか人の声が耳に届いてこないような日には、CDに変える。

このあたり、行動を決めているのは単に「気分」だ。ラジオと音源とどちらが好き、というこだわりはさほどない。



ただ、出張の前後では話がかわってくる。

ぼくは飛行機で出張するとき、空港への移動手段として車を選び、高速道路を走ることが圧倒的に多い。

自分の車で移動する、というと、交通費の計算ができないといって出張先の人にぼやかれたり、帰りの飛行機でビールが飲めないじゃないですかと不思議がられたり、移動中に事故ったら責任の所在が難しくなるといさめられたりと、わりと世の中の人々には納得していただけない。

別に運転がすごく好きなわけではない。免許だってオートマ限定だ。これをいうとよくバカにされるがオートマハラスメント(略して大原)であろう。ぼくは車で移動するのが習慣になってしまっており、そちらのほうが心地よいのだから、しかたがない。

端的にいうとぼくは出張のときにはカーステレオでCDを聴きたい。験担ぎみたいなものなので理屈ではない。

車に置いているCDは全部で12枚くらい。ときどき入れ替える。LOSTAGEのアルバムはどれか1枚必ず含まれている。あとはばらばらで、ピアノジャックだったりレッチリだったりピロウズだったり坂本慎太郎だったりスプラトゥーンのサントラだったりする。ジャンルは特に決まっていない。

これらを、高速道路の上で、聴く。もともとポリシーみたいに掲げていたわけではなかったけれど、今やほとんど習慣となってしまった。

いつどういう理由でこんな習慣ができたのかよく覚えていないのだが、おそらくは過去に、「ひどく緊張した出張の前にCDを聴いてテンションを無理矢理あげていたら仕事がうまくいった」みたいなエピソードがあったのだろうと思う。

エピソードをきちんと覚えていたら、そこそこまとまった「すべらない話」が作れたのかもしれないが、今こうして身についてしまっている日常のゆえんをすべて思い出せるほど、ぼくの脳は高性能ではなかった。





と、ここまでの記事はずいぶん前に書いてあったものだ。なんだか最後のまとまりがなくて、公開しないまま下書き状態で放っておいていた。この間、車内にはZAZEN BOYS「すとーりーず」や、矢野顕子「Soft Landing」などが導入され、ぼくは釧路や東京、仙台などに出張を重ね、相変わらずの暮らしを送っていた。




先日、実家でダンボールを開けたり閉めたりしていたら、懐かしいCDが出てきた。

Smooth ace, SPARTA LOCALS, スネオヘアー, 宇多田ヒカルの初盤……。

UA, Number GirlのライブCD, Rachel Yamagata……。

引っ張り上げられるように蘇った記憶は大学院時代のものだ。

ぼくは薄暗いラボの片隅で、Western blotのメンブレンを破り捨てながら、夜通し実験したり論文を読んだりして、何もかもがうまくいかない日々を送っていた。

ラボに置かれていた古いCDラジカセ(!)に、これらのCDを順番にセットして、盲端になっているトンネルの中でひたすら音楽を聴いていた。

大学院卒業間近の、3月のある日、ラボに置いてあったCDたちをすべて撤去した。すずらんテープで縛ってリュックに入れた。帰りの車の中で、その中の1枚を聴いた。

その1枚というのが、今車に置きっぱなしにしているレッチリの1枚であった。ついさっき、思い出した。残りのCDはこうして実家の納戸の中でダンボールにくるまれて、15年ほど眠っていたことになる。

出張前に聴いて仕事がうまくいったとか、テンションがあがってうれしくなったとか、そんな記憶はあとから、油絵を塗りつぶすように上描きされたものだった。習慣なんてそんなものだ。日常はこうしてできていく。