2023年11月6日月曜日

冬の使者

関連病院の仕事で俱知安に向かった。小樽方面に向かう高速道路に乗り、後志道に向けて左折してしばらく進んでいくと、目の前にもやがかかったように白いつぶつぶが出現する。雪虫だ。雪虫であった。雪虫はアブラムシの一種で、白い綿毛のような体毛を持つのと、その年の初雪の1週間くらい前に飛び交うことが多いという噂(たぶん噂でしかない)によって二重の意味で「雪の虫」として道民に広く知られている。今年は雪虫の出方が異常だという話は耳にしてはいた。「蚊柱」を極太にしたような……いや、そんな生やさしいものではなかった。高速道路の向こう側、山の際に夕陽が落ちていくにあたって、山の輪郭がぼうっと白く光っている、それがみんな雪虫なのだ。杉花粉が飛び散るときの資料映像のように、山全体がオーラのように白い蒸気を吹き上げている、それがみんな雪虫なのでぼうぜんとしてしまう。遠方に折り重なる山々すべてに白いカバーがかかっている。ぼくは車のエアコン送風口から雪虫が出てくるのではないかと思って怖くなった。外気取り入れを内部循環に切り替える。コートの中で汗をかく。窓が曇らなければいいがと心配になる。もし今窓を開けたらヒッチコックでもカメラを止めるだろう。沢木惣右衛門直保の見ている風景もこんなものなのだろうか。冬タイヤは雪にすべらないためのものだが、雪虫を大量に踏み潰しても果たして滑らないでいられるのだろうか。

高速を降りて余市・仁木のフルーツ街道に入ると雪虫はいなくなった。大きめのため息をついてウインドウォッシャーを窓に吹き付ける。トラクターをよけながら走って俱知安市街に到着し、コンビニによってコーヒーを買って一気に飲み干す。スマホをひらくと「雪虫大発生」とあり、そうか、やはりニュースになるほどのことか、と思って見に行く。しかし雪虫が発生しているのは札幌市の話で、ぼくが今通ってきた小樽の奥の山については特に触れられていなかった。あの風景を書いておかなければ、なかったことになる。それもまた怖い。札幌に戻ったらブログに書こうと心に決め、実際に今、こうして書いている。自然に対するおそれのような気持ちを、もう8割方忘れていて、PCの前でぽつねんと疲労をなでている。