2020年1月20日月曜日

病理の話(405) トランスフォーマー的発想で転移する腫瘍

がんが遠方の臓器に転移する際、いったんカタチをかえて移動して、そのあと転移先でふたたび元のカタチに戻る、という現象がみられることがある。

ワンピースをずっと読んできた人は、大監獄インペルダウンの(元)看守長、マゼランが、毒の道(ベノムロード)を移動するときに、ドロリと溶けて移動して、移動した先でまた元に戻るときのイメージを思い出してほしい。

あるいは、トランスフォーマーを見たことがある人は、ロボ型をしているやつが車に変身して高速移動した先でまたロボットに戻るだろう、ああいうイメージでもいい。

一部のがんは、発生した臓器から移動する際に、あるていどごつごつしていた細胞の骨格をいったんドロドロにして、角張っていた形状から流線型とか水滴状とか、とにかくなんだかふにゃふにゃした状態に変形させる。これをepithelial-mesenchymal transition (EMT), 上皮間葉移行と呼ぶのだ。横文字が出てびっくりしたか? 安心して欲しい、EMTというのはつまりマゼランがドロドロになったあれで、トランスフォーマーがグキョキョキョって車になったあれだ。

そして、リンパ管や血管の中を移動し始める。移動した先で「水が合う」と感じたがん細胞は、そこに足を下ろす。そして再度変形するのだ。Mesenchymal-epithelial transition (MET)と呼ばれている。さっきとはEとMが逆になっている。間葉上皮移行。でもこれは別におぼえなくていい、泥状になったマゼランがふたたび人のカタチに戻るあれだ。車だったトランスフォーマーがまたロボに戻った状態である。





で、移動の前後……もといた臓器でのがんの姿と、転移先でのがんの姿は、ふしぎなことに、たいてい似ている。変形できるのならば転移した先でまた新たにいろいろな顔に変わればいいのに、と思わなくもないが、細胞の性状、核の性状など、いずれも元いた臓器とけっこう似ている。マゼランが転移先でハンニャバルになることはあまりないのであった。だから、転移した先の細胞を採取することで、こいつが元はどこの臓器のがんだったか、というのを、病理医はある程度判断することができる。……まあ難しいことも多いのだけれども……。