2020年1月28日火曜日

病理の話(408) 詩のような絵画のようなクラシック音楽のような報告書

「表皮の外向性肥厚により形成された隆起性病変です。」

病理診断報告書の一部である。

実は、この一行で、いろいろと伝わる!

なんのこっちゃい、と思われるだろう。




今のは、皮膚の、脂漏性角化症(しろうせいかくかしょう)というできものを顕微鏡で見て、その結果を書いたものの一部分だ。

知識がないとまるで意味をなさないだろう。暗号みたいだ。

しかし、皮膚科医や、病理医にとっては、それなりに多くの情報が含まれている文章である。




隆起性病変というのは、盛り上がっているということ。

病変が盛り上がるためにはいくつかのパターンがある。

皮膚の表面(表皮)に、盛り上がりの原因がある場合。

皮膚の表面よりちょっと潜った部分(真皮)に、盛り上がりの原因がある場合。

皮膚の表面からだいぶ潜った部分(皮下)に、盛り上がりの原因がある場合。

原因のある場所が違えば、想定する病気が変わってくる。

そこで、ぼくは、まず最初に「表皮の肥厚による」と書いた。




この時点で、皮膚科医の頭の中にある「鑑別診断(診断の候補のことだ)」のうち、真皮や皮下から盛り上がった病気がズバズバ二重線で消される。




皮膚科医はこの病変をとってくる際に、表面をよく観察して、

「おそらく表皮に原因があるだろうな」

というところまでは読み切っている。だからこそ、ぼくも、病理報告書の中に、

「正解!」

というニュアンスのことばをきちんと書く。




この、「臨床医の予想」をある程度思い浮かべて、「それ合ってるよ」と肩を叩くようなやりとりを続けていくと、臨床医と病理医の関係は少しずつよくなっていく。

「あの病理医は、おれたちが知りたい部分をちゃんと書いてくれるなあ」

という評価が重なっていく。

逆に、説明文を一切書かずに、ただ顕微鏡を見て

「説明はなし、診断名は脂漏性角化症、以上」

とやってしまうと、「その程度の病理医」「その程度の病理診断」と思われてしまい、なんだか距離が遠くなっていく。





なので書く。忙しい臨床医が知りたい部分をなるべく外さず、簡潔に。

するとその報告書は「素人では意味がわからないもの」になる。

背景に知識が必要なのだ。

詩を読むのといっしょだ。ピカソの絵を見るのとも似ている。クラシック音楽を楽しむのとも近いだろう。





ときに、「おかあさんといっしょ」並みにわかりやすい報告書を書いてみようかなという気持ちになることもある。でもね、それ、臨床医が望んでいるかっていうと、そんなことはないんだよね。だってお互い、大人で、プロだから。