2021年1月18日月曜日

病理の話(495) 三次元の力を一瞬借りる

顕微鏡で細胞を観察するときのプレパラートは、「ペラッペラ」である。


なぜなら、顕微鏡というのは「細胞に下から光をあてて、上からその光を観察する」からだ。透過光を見る。イメージとしてはセロファンだとか、ステンドグラスを見ているようなものに近い。


下から光をあてて細胞を観察しようと思うと、「スケ」が大事だ。


このため、組織を4~5 μm(マイクロメートル=ミリメートルの1000分の1)という、「極うす」にする。ま、実際には10 μmくらいで細胞のおおまかな構造はわかるのだが、細胞内にある「核」までちゃんと見ようと思うと、10 μmでもまだ分厚く感じる。


これほど薄い厚さに組織をカットするには、カンナのおばけみたいな装置を用いて、


”めっちゃテクいかつらむき”


をする必要がある。びしびしこなしていく臨床検査技師はいつ見てもすごいなと思う。YouTube動画にしたら2万再生くらいは行くだろう。


というか、ちょっと検索してみよう。あるかな。


あった。



https://www.youtube.com/watch?v=5Kvf8XeerPs



ペラッペラだよね。そして思ったより「試し切りを何度も何度もやって表層のあたりを無駄にしている」ということも伝わると思う。




さて、このペラッペラな細胞を観察して、ぼくら病理医は細胞の正体を推測していくわけだが。


ペラッペラすぎて細胞の性状が読めなくなる場合が、まれにある。


実は、細胞というのは、顔付きを見るだけではなく、そのふるまい……正確には「隣同士にある細胞との位置関係」を見ることがけっこう大切なのだ。


細胞は、その種類によって、「ジグソーパズルみたいに平面を埋め尽くして増えていく」場合や、「盛った髪の毛のようにモコモコうねうねと折り重なって厚みを増しながら増えていく」場合などがある。個別、ばらばら、一匹狼っぽく散らばっていることもあれば、混雑しているラーメン屋に並ぶ人々のようにちょっと押し合いへし合いしながら一列に並んでいることもある。


このような位置関係を、「ペラッペラの断面」だけで判定するのはけっこう難しい。




そこで病理医がしばしば用いる方法に、「細胞診(さいぼうしん)」がある。えっ、細胞を診断? それって病理医のやってることそのものでしょう? と勘違いしそうだが、ペラッペラの細胞に色を付けて観察するいつものやり方は「組織診(そしきしん)」なのだ。これらはちょっと違う。


細胞診では、細胞を「ペラッペラに切らない」。


じゃあどうやって透過光で観察するのかって?


組織の見たい部分を、ガラスにぴとっとおしつけて、そのガラスに「くっついてきたやつ」だけを見るのだ。


さあ、想像してほしい。ここに北海道産の筋子(すじこ)があります。


筋子のしょうゆ漬けです。おいしいよ。


これがどんぶりにたっぷり。


そこにガラスをもってきて、ぴと! とつけます。すかさずガラスを持ち上げる。


筋子はスジでくっついてるから、一個一個はくっつかないんだけど、筋子のスジの部分をうまく調理しているとやわらかくなって、数個まとまった「小さな筋子のかたまり」が、ガラスにねばっとくっついてくることがある……。




これを透過光で観察するのが「細胞診」だ。ペラッペラの薄切り過程を経ない分、ガラスの上で多少、上下に重なったり、盛られたりしている。


つまりは断面ではなく、三次元構造が垣間見える。




もうひとつ例をあげましょう。筋子じゃなくてイクラを使う。こちらも同じ魚卵だけど、筋子とは違って、スジから魚卵をはずしてあるので、一粒一粒がばらばらになっている。しょうゆ漬けがうまいよ。


イクラを山盛りにしたどんぶりの上にガラスをぴと。




すると今度は? 筋子とは違って? 魚卵ひとつひとつが、ばらばらにねばねばガラスにくっつくでしょう。




それを顕微鏡でみる。ほら、筋子とは、「くっつき方が違う」ことがわかるじゃん。




もっとキワい例をあげよう。


筋子のおにぎりと、イクラのおにぎりを、ならべて置いて、ルパン三世に出てくる石川五エ門に、斬鉄剣で切ってもらう。タァーッ


で、断面を見る。断面だけ見て、「どちらが筋子でしょうかクイズ」をやる。これ、けっこう難しいと思うんだよな。


筋子とイクラの違いって、色とか形というよりも、「スジでくっついてるかどうか」ですよね。


だからタァーッって切っちゃうとかえってわからなかったりするのよ。まあピンとくるものはあるんだけど。


そこで、筋子 or イクラを見極めるときは、むしろおにぎりを雑に手で割って、そこにぴとっとスプーンをくっつけて、持ち上げてみればいいわけだよ。


魚卵1個がくっついてきたらイクラじゃん。





おなかがすいてきたのでこれくらいにするけれど、ペラッペラ細胞断面という「二次元の世界」で診断している病理医は、たまに、細胞診(さいぼうしん)という「ミクロの三次元診断」を用いることがある、ってことでした。イクラと筋子どっちがすき? ぼくはコレステロールが少し高めなので玄米のおかかおにぎりが好きです。