2021年1月22日金曜日

病理の話(497) 菌がいるからといって悪さをしているとは限らない

大腸の粘膜を、小指の爪の切りカスくらいのサイズ、ちょっとはがしてとってくる。「生検」という。大腸カメラを入れて、カメラの先端部から小さなマジックハンドみたいな「鉗子(かんし)」を出して、つまみとるのだ。


それを顕微鏡でながめていると、たまに、粘膜の表面にモヤモヤっと、ねばねばがくっついているかのような違和感を覚えることがある。そこまで高頻度とは言えないが、ぼくの場合、年に複数回は経験する。


そのねばねばは単なる粘液であることも多いのだが、名状しがたい……心の側面を筆でちりちりなでられているような微細な違和に気づいたら、「Warthin-Starry染色」というのを行う。


すると、ねばねばのなかに、小さな菌糸が見えてくる。ブラキスピラと呼ばれる菌だ。




この菌が引き起こす腸管感染症を「腸管スピロヘータ」という。スピロヘータというと梅毒を思い浮かべる医学生もいるかもしれないが、梅毒の原因菌であるトレポネーマと、腸管にみられるブラキスピラとは別物である。どちらもスピロ……スパイラル……すなわちらせん状の構造をしているのでスピロヘータという「あだ名」がついているだけだ。

このあたり、感染症や微生物の専門家から怒られそう(ちょっと雑に説明している)。でも今日はこれくらいの解像度で語ることを許してほしい。




さて、患者に下痢などの症状があり、大腸カメラを入れて、粘膜をちょっととってきて、顕微鏡でみたらそこにブラキスピラがいた……となると、すぐに「ブラキスピラのせいで下痢をしたんだろう!」と言いたくなる。


しかし、そうとは限らない。


実はブラキスピラは、腸管の粘液性状が変わるだけでちょいちょいそこに住みつくのだ。たとえば、大腸の良性腫瘍(例:Sessile serrated lesion: SSL)の表面に偶然ブラキスピラがくっついているのを見ることがある。この場合、患者はべつに何の症状も呈していない。SSLという腫瘍(※腫瘍ではない、という立場の人もいるなかなか難しい病気)では、周囲の大腸粘膜と異なった粘液が放出されているようで、粘膜の環境が微妙に異なるのでブラキスピラが住みやすくなる……のではないかと個人的に考えている(※証明されていない)。



いったん何の話だよ、コメジルシとかカッコとか満載でようわからんわ、という人のためにたとえ話をしよう。




ある地区で犯罪が多発しているので、家をすべて立ち入り検査したら、両腕にがっちりイレズミを入れた坊主刈りのムキムキの男が現れた。さあ、彼が犯罪者と決めつけていいだろうか?


当たり前だがそうとは限らない。では、もうちょっといじわるなセッティングを考えてみる。


ある地区でとうとう、ガラスが割られて家が荒らされてしまった。その家の前に、さきほどのイレズミ坊主がたたずんでいた。さあ、彼が犯人だろうか?


ちょっとそうかもなーと思ってしまうぼくがいるが、もちろん、そうとは限らない。


「そこに悪そうなやつがいるからといってすぐに犯人と決めつけてはだめ」だろう。


ではさらにいやらしい状況を想像してもらいたい。


ある地区で立て続けに車のタイヤがパンクさせられた。警察が被害に遭った家を3軒続けて捜査しているとき、いつもそれを遠巻きにながめているイレズミ坊主がいた。


これならさすがに犯人だろうって?


いや、実は、イレズミ坊主さんは警察のファンであり、犯罪を研究する学者でもある。自分の住む地区で何かが起こると必ずかけつけて、その様子をメモして、あとで警察官や被害者にも話を聞いて、論文にまとめているだけなのだ。





……おわかり?


悪そうなやつがいるから事件が起こる、のではなく、


「事件が起こって騒然とすると現れる、悪そうな顔の人」というパターンもある、ということだ。





腸管におけるブラキスピラはもしかすると「腸が荒れると目に見えやすくなる」だけなのかもしれないのである。だからそこにブラキスピラがいるからといってすぐに「犯人」と決めつけてはならない。




……もっとも、実際に、そのブラキスピラを薬でやっつけると、腸炎が治ってしまうこともあって……話はさらに複雑になるのだけれど。