むかしから、「○○氏病」のように人の名前が付けられている病気がある。英語では○○'s diseaseなどと呼ぶ。(※ただし、近年は「氏」や「's」を使わない表記にだんだん改められているようだが。)
たとえばクローン病(Crohn病)という病気があるが、これは大多数の人が想像する「クローン(羊のドリーとかのやつ)」とは無関係で、Crohnさんという学者の名前から名付けられている。
Wikipediaによると……
Burrill Bernard Crohn, an American gastroenterologist at New York City's Mount Sinai Hospital, described fourteen cases in 1932, and submitted them to the American Medical Association under the rubric of "Terminal ileitis: A new clinical entity".
ブリル・バーナード・クローンさん、ニューヨークのマウントサイナイ病院に勤める消化器内科医は、1932年に、14例の病気を解析して「回腸末端炎:あたらしい病気の概念!」という論文を米国医師会 AMAの雑誌に載っけた!
とのこと。
今のところを思わず流し読みしてしまった人のために、もう少しきちんと強調して書き直すので今度はしっかり読んで欲しい。
Burrill Bernard Crohn, an American gastroenterologist at New York City's Mount Sinai Hospital, described fourteen cases in 1932, and submitted them to the American Medical Association under the rubric of "Terminal ileitis: A new clinical entity".
ブリル・バーナード・クローンさん、ニューヨークのマウントサイナイ病院に勤める消化器内科医は、1932年に、14例の病気をまとめて「回腸末端炎:あたらしい病気の概念!」という論文を書いて
米国医師会 AMAの
雑誌に
載っけた!
最後はなんだか懐かしの侍魂みたいになってしまったが(知らない人はほうっておきます)、この中でぼくがとりわけ大事だと思っている部分はどこかというと、「載っけた!」……ではなくて、「14例」のところである。
後世に自分の名前が残るほどの偉大な発見。しかし、その端緒となった論文で語られているのが、「14例」。たった14例!
ちなみに今のぼくはCrohn病は1年で数十例以上診断している。
ではこのCrohnさんは14例の珍しい症例を見つけて論文を書いたから偉いのかというと、もちろん、そういうことではないのだ。
「今まで世の中の多くの人が『仲間だ』と気づいていなかった、ひとまとまりにできるという概念自体がなかった病気を、それによく似た症状を示す数千例の患者の中からピックアップしてまとめたから偉い」
のである。14例というのは分数でいうところの分子でしかない。分母に数千(あるいは数万)という診療が隠れているから偉いのだ。
これがどれくらい難しいことかというと……。
絵本の「ウォーリーを探せ!」には、じつはウォーリー以外にもウォルターという人間が隠れている。しかも、このウォルターは「5つ子」であり、ひとつの画面に全く同じ顔をした5人が必ず紛れ込んでいる。ところが、絵本のどこにもウォルターの存在は書かれていないし、それが5人いるということも明かされていない。公式のホームページなどにも一切記載がない。つまり、読者の中から、「この中にはウォーリー以外にも、同じ顔をしたやつが5人ずつ紛れているな」と気づく人が出るまで、公式はダンマリを決め込んでいるのだ。あなたはこのことをご存じだったろうか?
→ はい
いいえ
「はい」を選んだ人はおおうそつきである、なぜならウォルターの話は今ぼくが作ったウソだからだ。しかし、新しい病気を探してきてひとまとまりに記述するというのは、つまりはこういうことなのである。「誰もそこに一つのグループが見いだせるなんてわかっていない状況から、自分の眼と勘だけで、仲間を見つけ出さなければいけない」。
エルドハイム・チェスター病、キャッスルマン病、川崎病、木村病、菊地病、Sister Mary Joseph nodule……。これらの名前のついた病気すべてが、必ずしも「最初にまとめて報告した人」ではないというのがむずかしいところなのだが(あとからシレッと出てきて名前だけ付けた病気というのもあったりする)、基本的に、人名のついている病気というのは、医学史のどこかで誰かすごい人が「ウォルターを探せ!」をやった結果であったりする。