2021年7月27日火曜日

病理の話(559) 舌禍について

今日の記事は2014年頃にぼくが書いたものの転載です。一部、今風に表現をマイルドにしました。タイトルも微調整しておきます。



タイトル: 「戦う○○」を自称する人の戦いとは、舌禍によるいざこざである。




医療従事者の方に申し上げますと、TwitterやFacebookなどで仕事でのエピソードを書くというのは、相当な「情報発信のプロフェッショナル」であっても、ま、やめたほうがいいです。

  

今から架空の症例で、具体的に「どうだめなのか」を考えてみます。

いいですか?架空の症例ですからね。

 


Facebookに投稿された架空エピソード: 

「(初期研修医、女性、26歳): 池袋から少しはずれたところにある中規模病院で消化器内科のローテーション中ですが、病棟で患者にセクハラをうけました。回診の前に顔を見に行ったのがあだになりました。おかげんいかがですかって横に立ったらこっちの加減はいいなーって言われながらおしりをさわられたんですよ。そのことを指導医に相談したら、『まあーぼくも君のおしりさわりたいときあるからしょうがないよねーwww』って言われて。ひどい。こっちのほうがよっぽどセクハラだった。あの患者は末期の大腸癌で本人には告知してないけど絶食管理でもう1ヶ月経つし、アルブミンもじわじわ減っててどうせあと2,3週間くらいで死ぬだろうからまあ許してやるけど、この指導医にはまだ1年半くらい一緒にいなきゃいけないのに許せない」


こんなこと、SNSに書いたらだめです。

個人情報漏洩しまくってるし。自分の職場の恥をつらつら書いてるのもどうかと思います。次から次へと「本人を特定できそうな内容」が盛り込まれてしまっているのも問題。書いた本人にも不利益が及ぶでしょうし、患者さんやその家族がこれ読んだらいったいどんな気持ちになるか、そしてどのようにクレームをつけてくるか、わかったものではありません。

 

だめというのは、「モラル」という意味でもありますが、何より「自衛」のためでもあります。 

相手の方が悪くて自分は正しいとか、そういうのはあまり関係がありません。余計なトラブルを招く危険があります。

 

 

では次に、今の「架空のエピソード」を、がんがんそぎ落として、「ツイッターでよく見る投稿」っぽくしてみます。くり返しますが、これは架空のものです。

 

 

ツイート:(2013年5月22日夜23時33分)

「死にかけじいさんの性欲はともかく上司に視姦されるのきつい あと1年つら」


このツイートをした人のプロフィール欄には、このようなことが書いてあったとします。

「スーパーローテー徒。夢はgeneralist。」

 

ツイートを100個くらいさかのぼると、こんなツイートが書いてあったとします。

「Nsって年下でも社会人経験は長いから言い返せない」

 

こんなのもありました。

「0時過ぎのでんしゃくさい」

 

 

 

Facebookの投稿にくらべたらずいぶんと情報がボケた? いえ、そうでもありません。 

本人はいろいろマスクしたつもりでも、なんか、伝わってくるものです。 


・さかのぼったツイートにNsって書いてあるから医療関係者だろうなってわかる

・Nsとの関係で「年齢と社会人経験が逆転する」のだから、ツイ主は比較的若くてたぶん研修医である

・「スーパーローテート」というのは初期研修や後期研修のシステムのひとつである。この言葉をあえて使う(しかも「徒」という言葉でちょっとだけちゃかしてる)タイプ。「夢はgeneralist」ということは、将来は総合内科的な勉強をしようとしてるのかも。

・都内在住かも(終電が0時より後) 

・死にかけじいさんの性欲: 病棟でのセクハラを連想

・指導医にもなんかセクハラされてる

 

ほらね。ぼんやりと全体像がわかってしまいますよね。まして、関係者が見たら、ほぼわかってしまうのではないでしょうか。たとえば、セクハラをした上司が見たら……

「あれ……これ、まさかあいつ?」 

くらいの想像はできるでしょう。



あなたのそのツイート、隠せてません。


 

上司が気づくというだけでも十分に気まずいですが、「患者や、その家族」が自分のことだと気づいてしまった場合には、状況はさらに厳しくなります。

さらに言えば、

「全く関係が無い他人が、『自分のことを書かれたと思い込んで・被害妄想で・あるいは狙って』情報発信者を攻めてくる」ケースだってあります。

これが最悪です。



「わたしの父は都内の病院に入院して余命幾ばくもありませんが、担当が女性研修医だと言っていました。その上には男性の指導医がいるようです。どう考えてもうちの父の話ですよね!名誉毀損です!」 

こんなリプライが来ても全くおかしくないと思ってください。

 


このリプライに対しては釈明するのが非常に難しいです。まず、怒っている人が本当に患者やその関係者なのかどうかを確かめるすべがない。現実に「これあなたですか?」とたずねて、合っていても違っていても大変なことが起こるというのはわかりますよね。リプライを寄越した相手の身分を確認する方法がありません。そして、陰口自体は「あなたの真実」ではあるので、根本的な解決のしようがありません。

 

まして、医療関係者は、トラブルの標的にされています。あなたを困らせようと思って、赤の他人が「なんでこんなツイートするんだ」と炎上させにかかってくるかもしれません。

 

 

くり返しますが、相手の方が悪くて自分は正しいとか、そういうのはあまり関係がありません。

ストレス発散目的だろうが、身内トークであろうが、多少の匿名化を行っていようが、医療関係のエピソードをSNSに垂れ流すというのは、防御が甘い行為です。さらに、まあこれは私の価値観ですが、率直に言って下品だと思います。

  

やめましょう。

学校でも、こういう話、ちゃんと教えましょう。

読者の方にも、若手や学生を指導してらっしゃる方、いらっしゃいますよね。「職場でのできごとはSNSに書かない、ボカしてもだめ」というネットリテラシーをきちんと普及させましょう。

 

 

 

最後に。

今日のお話では、しつこいくらいに「架空のエピソードです」と書きました。

でも、世の中には、「架空って書いたってだめだ、これは本当にあった出来事だろう。おれは当人だから知ってる。この話のモデルは俺だろう!」って絡んでくる人がいます。本当にいます。

医療エピソードを題材にするというのはそれくらいナイーブなことで、入念な気配りがなければ、やるべきではありません。


SNSでは、ダジャレと推しトークと天気の話、それくらいにしておいたほうが安心・安全です。