「創傷治癒」というのは病理学で学ぶのだが、医学生も医者も、それを最初に学んだのが病理学だったということをたぶん覚えていない。けっこう序盤に習う。ほんとは病理学なんだよ! 病理のこと、わすれないで!
いや別にわすれてもいいけどな。
……創傷治癒と書くと漢字四文字のプレッシャーがすごいので、漢字を使わずに言い換えると、
「キズがなおる」
である。これでいいじゃねぇか。伝わる。
「キズがなおる理論」については、外科医をはじめ多くの医師が日頃からめちゃくちゃ真剣に考えている。そもそも、人体は「キズがなおるしくみ」を自前で備えているのだけれど、そこを医療で手伝おうと思うとこれがとても難しいのである。生半可な手助けをするとかえってこじれる。イメージとしては……
「めちゃくちゃ仕事ができる神マンガ家の元にアシスタントとして雇われた」とするじゃん。そこで、雇い主の神が描いた絵に、アシスタントが「こうすればもっとよくなるよね」といって、勝手にキャラを書き足したり背景の雰囲気変えたりしたらそれって重罪でしょう。万死に値するよね。
人のキズのなおりを手伝うってのはそういうことなんです。
キズって子どもから大人まですごく身近だから、かえって自分のやりかたで適当に治そうと思っちゃう。余計なことをして失敗する。これ、あなたやわたしに言っていることではなくて、人類の歴史に対してそう言っている。
キズの種類や深さによっていろんな対処法があるのでここでは多くは触れないけれど、大事なことは2つ。
「清潔」と、「血の巡り」。
清潔にしていないキズはなおらない。なおってもじくじくと膿んで、それが長引いてしまう。またキズがひらく。
血の巡りが悪いとキズはなおらない。血液にのって、人体のさまざまなお役立ち物質が流れてきて、キズのなおりを手伝うのだけれど、血が流れてこないとそれができない。
シンプルでしょう? でもこれが奥深いのよ。
たとえば傷口の消毒について。まず今の医療では、傷口に消毒薬を使うのは「専門家のみ」で十分です。素人が傷口に消毒薬を塗ってもいいことがない。
浅い傷なら、「消毒」よりもとにかく流水で洗い続けることです。キズの原因となった場所に応じて、付着した砂とか泥とか水とかを、清潔な水で洗い流すこと。それ以上はマジで必要ない。イソジンもマキロンもいりません。
深い傷なら? それは自分でなんとかしようとしないでくれ。
あと、これは外科医のための本を読んでいてなるほどなとおもったのだけれど、外科医がキズを縫うときに、皮膚の中のところをあまり強く縛ってしまうと、血液が途絶えてかえって治りが悪くなるって言うんだよね。ぼくなんかは、「きちんと閉じないと汁が漏れる!」と思って、なんとなく強く縛るのかなーなんて思ってたけど、そうではなかった。血液を保つほうが大事なんだ。
清潔と血流。これ、大事なんです。
むかし、日本では「湯治」というのがあった。温泉がキズとか病気を治す、ってやつね。あれはなんなんだろうなというのを考えていたんだけど、たぶん2つの「効果」がある。
ひとつは、むかしのひとびとは「清潔な水」を用意することが難しかったということ。「煮沸消毒」についてはお産の際などに用いられていたかもしれないのだけれど、上水道がない時代に、キズを十分に洗えるようなきれいな水なんてなかったんだよね。川の水? 実はあんまりよくないんだよね、生活排水だって流れているし、自然に住むさまざまな病原菌もいる。山奥ならまだしも。つまり、昔の人がキズを洗うと、それが原因でかえって悪い菌にやられてしまうことがあったと思うのだ。
ところが温泉は……熱くて菌が死ぬし、イオウの成分とかでも菌が暮らしにくいし、源泉かけ流しなら、「ほかの水」よりは清潔だったんじゃないかなー。だから、「相対的に」、温泉以外で洗うのに比べると、悪い病原体がキズに付きづらかったんじゃないかなあ。
つまり、きれいな上水道が完備されている現代において、「温泉で洗う」ことにはもう意味がないんですよね。
あともうひとつ。温泉って血流がよくなるでしょ? これ、いちぶのキズにはよかったのかもしれないんだよね。創傷治癒……じゃなかった、「キズがなおる」を促進して。昔は暖房も冷房もなかったから、特に冬は、寒い床にペラいふとんで療養していると、どんどんとこずれもできただろう。そういうときの温浴ってのは今よりはるかに意味があったんじゃないかなあ。
あれ、創傷の話をしていたはずが、いつのまにか温泉論になってしまった。温泉っていいですよね。また温泉旅行に行きたいな、いつかいこう、そうし(略)