2020年10月29日木曜日

病理の話(469) 勉強のめやすに4つの分類

「疾患を学ぶ」と言ってもいろいろな方法がある。

あの医者の勉強とこの医者の勉強を比べてみるとまるで違う、ということをよく経験する。

今日の話は医学の勉強法についてなのだけれど、あくまで一部の医者(病理医含む)を想定して書く。それ以外の人にとっては、うまく活用できないかもしれない。念のため、おことわりしておきます。なお、内科医・國松淳和先生がよくこの考え方をなさっていると思われるし、ぼくはそれに影響を受けている。





実地臨床で遭遇する疾患の勉強をするとき、頭の中に4つの分類項目を用意する。

1.コモン×コモン

2.レア×コモン

3.コモン×レア

4.レア×レア

コモン(common: よくある)と、レア(rare: めったにない)の組み合わせである。これだけではなんのことかわからんので、もうすこし細かく説明する。

1.コモン(遭遇頻度が高い)×コモン(典型的な見え方をする)

2.レア(遭遇頻度が低い)×コモン(典型的な見え方をする)

3.コモン(遭遇頻度が高い)×レア(非典型的な見え方をする)

4.レア(遭遇頻度が低い)×レア(非典型的な見え方をする)


つまりは、医者として患者に出会って診察をする際に、「その病気にはどれくらいの頻度でお目にかかるか」と、「その病気として典型的なかたちで診断できるかどうか」で分けておくのだ。ひとつずつ見ていく。




1.コモン×コモン の例:

 「かぜ」、中でも「ウイルス性の上気道感染症」の患者には、医者をやっている限り相当な高確率で遭遇する。「せき、鼻水、のどの痛み」という3つの症状が揃ったパターンが典型的である。
 よくある疾患の、最も典型的な「表現」(どういう症状で医者のもとをおとずれるか)をきちんと勉強する。このことは医者をやっていく上でほんとうに役に立つ。
 きちんと頭に入れておけば、毎日のように使う。

 病理医でいうと、たとえば、胃がんや大腸がんの細胞の特徴を覚えるようなことだ。
 


2.レア×コモン の例:

 「クローン病」という、小腸や大腸などに炎症をくり返す病気がある。発生頻度は高くない疾患である。ふつうに医者をやっていても経験する機会は多くない。しかし、この病気には典型的な症状・所見がある。なかなかよくならない下痢や腹痛、発熱どの症状を見て、内視鏡を行い、「縦走潰瘍」や「スキップする潰瘍」などのいかにも特徴的な所見をみつけると、クローン病ではないかと疑うことができる。
 「クローン病」のことはきちんと勉強しておく必要がある。ただしクローン病の勉強方法がかぜといっしょではうまくいかないんじゃないかな……と思う。なぜなら、「めったに遭遇しない」からだ。たとえば、「下痢や腹痛が典型的」と言っても、下痢や腹痛をひきおこす病気はほかにもいっぱいある。クローン病よりもっと頻度の高い病気が山ほどある。そういったものの中から、「これはレアなクローン病に違いない」と決めるための勉強は、やや特殊だ。「ほかとの差をより意識しなければならない」とでも言うか。

 病理医でいうと、たとえば、Whipple病のPAS染色所見や、ニューモシスチス肺炎のGrocott染色所見を覚えるようなことだ。



3.コモン×レア の例:

 「心筋梗塞」という、大変有名で、かつ重い病気がある。運動や食事の重要性がこれほど一般に知れ渡っても、発生頻度はいまだに高い
 典型的には「すぐにはおさまらない、強く胸をしめつけられるような痛み、焼け付くような強い胸の苦しさ」で発生する。
 ただし、この病気はまれに、「胸が痛くならない」こともある。
 糖尿病などの持病を持っていて痛みに鈍感になっている場合や、本人が胸の痛みではなくお腹の痛みとして知覚する場合、アゴや肩の痛みがメインで胸の苦しさがあまりよくわからない場合などが、まれに起こる。
 よくある病気レアな発症様式。当然、診断するのはむずかしい。しかし、ここで診断にたどり着くのが遅れるとたいへんだ。レアな症状を呈することもあるということを医者が知っておく必要がある。
 えーそんなの無理だよーと思うか? はっきり言って、専門の病気を相手にするプロなら、「コモン×コモン」を勉強したあとで、「コモン×レア」にも守備範囲を広げておくべきである。また、自分の専門外の病気についても、「あれ、コモン×レアか!?」と、気づくくらいの訓練はしておいたほうがいい。

 病理医でいうと、たとえば、E-cadherinが陰性とならないinvasive lobular carcinomaを覚えるようなことだ。



4.レア×レア の例:

 正直に言うけれど、これは基本的には後回しである。ほかの3象限をある程度のレベルまで学んでからでないと、字面だけ、写真だけで学んでもまずうまくいかない。それはそうだろう、「めったにない病気」の、「非典型的な見え方」を学んでもしっくりこなかろう。

 ところが、落とし穴がある。学会や雑誌の中で「症例報告」されているケースの一部は「レア×レア」なのだ。だって、病気自体が珍しくて、しかもその見え方も珍しいとなれば、関わった医者は積極的に学会で発表し、論文にまとめるだろう?
 ただ数を稼ぐように論文を読んでその内容をきちんと吟味していない人は、知らず知らずのうちに「レア×レア」を蓄積してしまっているかもしれない。このことに自覚的でなければならない。論文を読み学会報告を聞くときには、意図的にその他の3象限を取り入れるようにしなければいけない。

 病理医でいうと、たとえば、転座型腎細胞癌のあたらしい染色体転座が見つかったという論文を読んで、その転座に特徴的な所見を覚えるようなことだ。






……今日の記事は、さすがにピンとこない人が多かったかもしれない。

なぜなら、「病理医」というレアな職種の、「疾患の勉強」というコモン……いや……比較的レアなジャンルについての記事だからだ。レア×レアはむずかしいのである。ま、でも、記事にはしやすい。