書いたっけ?
書いたかもしれない。
まあいいか。ほめられた。それも、声を。
ある企画で、ぼくはナレーションを担当することになった。オープニングとエンディング部分で少ししゃべる。その収録を先日やったのだが、どれもこれも一発OKであった。よかった。
で、ほめられた。
「いやーいいですね、すばらしいですよ」
そこで反射的に謙遜しそうになり、そこからハンドルを切って、このように答えた。
「いやーそれほどでもな、……
……
はい、これでみなさんのお役に立てれば何よりです」
これはたぶん成長だと思う。これまでのぼくは誰かといっしょに仕事をするときに謙遜ばかりしていた。
謙遜しないのは本職の病理診断と画像・病理対比のとき。ここでは自分の仕事に自信があることを前に出さないと診断自体の価値が下がるから、「ぼくの診断は100%(の責任を負う覚悟で発言しているもの)です。」とはっきり言わないといけない。
しかしそれ以外の、物を書くとか、人前でしゃべるとか、絵を描くとか、なんでもいいんだけど、もろもろに対しては謙遜で何重にもくるんでいた。
それをやめた。今回、瞬間的に思ってやめた。これからはやめる。
お金をもらっていないから。
本来の仕事じゃないから。
訓練をしたことがないから。
自分に自信がないから。
そういうのとは関係なく、ほめられたら、「ありがとうございます」と返す。そこからはじめたほうが、中年のぼくの周りはどうやらうまく回るのだ、ということをばくぜんと考えた。
ただそれだけのことにたどり着くにも膨大な試行錯誤が必要だった。振り返って、あそこで気づいていれば、と思うことが、なくもない。
でも無理なのだ。ぼくはほかにも「ぶつかって、気づいて、変えること」をいっぱい通り過ぎてきた。すべては順番だったのだと思う。ほかに変えるものを次々変えている中で、今回たまたま、「謙遜の使い方」を少しアレンジした。まあ、ようやくだなあ、というところである。