2020年10月15日木曜日

病理の話(464) 薬が違うんです

 血液の中にまぎれて流れている細胞、有名なものが3種類ある。


白血球。赤血球。血小板。


で、この、「白血球」というのにもまたいろいろある。こういう話をすると人が逃げていくので、あまり詳しくは語らないが、好中球、リンパ球、好酸球、単球(マクロファージ)、NK細胞などがあって、このうちリンパ球は更にTリンパ球とBリンパ球に分かれ、さらにTリンパ球はキラーTとヘルパーTとレギュラトリーTに分かれる。なおNK細胞はTリンパ球とどこか似ていて



まあいいわ、これじゃあまりにひどいだろう。もうちょっとわかりやすくする。



血管の中には3種類のスポーツ選手がいて、それぞれ「サッカー」「ラグビー」「相撲」である。


で、この、「サッカー」選手にはいろいろいて、フロンターレ、グランパス、セレッソ、ガンバ、レイソルなどがあって、このうちレッズの選手はさらに攻撃陣と守備陣に分かれ、さらに攻撃陣にはフォワード、ウィング、ミッドフィールダーなどに分かれる。なおセレッソはガンバとどこか似ていて


余計にわかりにくくなった気もする。そもそもラグビーは1種類しかいないし。




さて、これらがいっぱいあるというのは、それだけ人体の仕組みがフクザツであるということなんだけれども、今日はここから「がんの話」につなげてみたい。


「がん」というのもまたひとつの病気ではない。胃がんと大腸がんと肝臓がんではそこにある細胞が異なる。胃がんはたいていの場合、胃にもともとある細胞の「ふりをしている」がん細胞が増えるし、大腸がんは大腸にもともとある細胞の「ふりをしている」がん細胞が増える。


そして、「白血球のふりをしている」がん細胞もあるのだ。それが白血病や悪性リンパ腫と呼ばれるがんである。


これらは「白血球の性質をもったがん」だ。先ほど書いたように、白血球といってもいろいろあるので、つまりは、


・B細胞の性質をもった悪性リンパ腫


・T細胞の性質をもった悪性リンパ腫


があるし、もっといえば、


・キラーT細胞の性質をもった悪性リンパ腫


・NK細胞とT細胞の性質をもった悪性リンパ腫


というのもある。さらにさらに、


・B細胞の中でも形質細胞といわれる細胞の性質をもった悪性リンパ腫


もあって、究極的なことを言うと、


・B細胞になるかならないかというまだ幼いかんじの性質をもつ白血病


というのもある。




めんどくさい! なんで! がんはがんでいいでしょ? と思うかもしれないが、これを必死で分類するのには明確な理由があるのだ。


医学は進歩を続けることでどんどんオタク化している。


「悪性リンパ腫のうち、B細胞の性質をもっていて、しかもCD20という物質をもつものにだけ効く薬」や、「悪性リンパ腫のうち、B細胞もしくはT細胞の性質をもっていて、さらにCD30という物質をもつものにだけ効く薬」が開発されているのだ。


これは例えて言うならば、「サッカーJ1リーグの、セレッソ大阪に所属する、攻撃的ミッドフィールダーの選手が罪を犯したときにだけ出動する警察官がいる」みたいなものである。この警察官は、横でフロンターレのゴールキーパーが軽犯罪を犯していてもいっさい取り締まらないし、なんならセレッソ大阪の守備コーチが特別背任などを犯しても(つまりは同じセレッソだったとしても)一切関与しない。あくまで、


”セレッソの”


”ミッドフィールダーの”


選手でなければ捕まえようとしない。もっと言えば、今の医学は、さらにこれだけの分類では飽き足らず、


”セレッソの”


”ミッドフィールダーのうち特にツートップのシャドー的ポジションで動きがちな選手が”


”ワークマンで購入したロープを使って人を転ばせたときに”


のみ逮捕する、みたいな「細かすぎてつかまらない選手権」を開催している。




と、このようなことを逐一説明していると外来で日が暮れてしまうので、医者はよく、

「ちゃんと病気のことを調べます。薬が違うんで」

とだけ話して、あとは病理医に分類仕事をまるなげすることになる。