2020年10月13日火曜日

病理の話(463) めじるし良品

ぼくらの仕事の中に、手術でとってきた臓器を切って病気を観察するというものがあるのだけれど、このとき、


「とった臓器のどこに病気があるのか」


というのを探すのがそれなりに難しい。


臓器を表面からみても病気のありかがわからないことは、ままある。




わりと見やすいのは胃とか大腸、あるいは食道。これらは細かい違いはあるけれど、基本的にはパイプ状をしていて、病気の大半はパイプの内側にへばりつくように存在する。だから、パイプを切って展開すれば、直接病気を見ることができる……。


けれどもときには、その病気がよく見えないこともある。だから目印を必要とする。


王道のやり方としては、胃カメラや大腸カメラなどで、事前に医者が病気を観察したときの写真を振り返る、というものがある。手術の前に消化器内科医が撮影した写真をみながら、どのへんに病気があるのかを頭の中で組み立てる。地図をみながら現実の風景と照らし合わせるかんじ? いや、逆か、胃カメラや大腸カメラの映像は洞窟探検みたいにパイプの中に入り込んでいるけれど、病理医がみるのは「展開図」なので、「実際の風景をみながら地図でどこにあたるのかを考える」感じだ。



見づらいのは肝臓とか膵臓といった、「中が詰まっている臓器」。この場合、展開のしようがないので、直接切り開いて病気を探すしかないのだけれど、へんな切り方をすると取り返しがつかなくなる。細切れにしてしまっては元の病気の形状が読めないだろう、だから、最初から「あとで評価がしやすい断面がえられるように」病気をまっぷたつに切らなければいけない。イメージとしては、そうだな、竹取のおじいさんがかぐや姫をまっp……だめだ、かわいそうだ。光っているところにはかぐや姫がいるから、光っていないところを切る、そしたらそこにはかぐや姫が大事にしていた熊のぬいぐるみが……だめだ、かわいそうだ。


とにかく間違ったところを切ってはいけない。目印として何を使うか? この場合、CTの断層画像(わぎりにした画像)と、実際の臓器の形状とをてらしあわせて、だいたいこの断面だとどういう「切り出し図」になるかというのを予想して切るのだ。たとえば肝臓の場合、患者の体型にもよるのだけれど、「周囲にある門脈などが肝臓を通過する部分のへこみ」が「目印」になりやすい。あるいは、「肝臓の周囲についている靱帯」などだ。


目印のことをメルクマールと呼ぶ。なんだこの眠くなーるみたいな単語は、と思ってあらためて調べたらドイツ語だった。ドイツ語ってもっとゲッテルフンケンみたいな強い発音が多いのかと思ってたけどもうちょっと柔らかい単語もあるんだねトホテルアウスエリュージウム。


メルクマールはほかにもある。肝臓や膵臓の中を貫通するパイプは血管だけではない。胆管とか膵管といった管がある。この管のなかに、ゾンデと呼ばれる細い棒をつっこんで、それに沿って切ると、「事前に胆管や膵管の走行を確認していた場合には」どのあたりをどう切ったかがわかるだろう。ただ、棒をつっこむとまわりの組織がぶちこわれがちなので、あまり乱暴に扱うべきではない。ゾンザイにしてはだめだ。ゾンデでゾンザイにしてはいけない。なので、実際には棒をつっこむのではなく、「棒をつっこんだ気持ちで」実際にはつっこまずに胆管とか膵管の走行を頭に思い浮かべる、ということをする。


あとは……勘かな。勘は大事。勘は経験と理論に駆動される。ぼくは臓器の切り出しの勘に関しては研修医には絶対負けないし、今70歳くらいのボスたちには絶対にかなわない。医者が訓練をする理由のひとつは勘を身につけるためなのかもなと思ったりする。ベテランの勘はほんとうにフロイデ(すごいで)。