2021年10月4日月曜日

病理の話(582) 化生のしたたかさ

体の中には整然と細胞が配置されている。ものすごい分業をしていて、指先にある細胞と、胃の粘膜にある細胞と、筋肉の細胞と、尿道にある細胞はすべて違うものからできている。びっくりだ。おまけに、「指の細胞は右手も左手もだいたい似たような組成をしている」というのがすごい。左右でこんなに離れているのに。


胃には胃の、腸には腸の。場所が変われば細胞も変わる。


消防署には消防隊員が、警察署には警察官がいて、これらが入れ替わることがないように、胃粘膜は生まれてからずっと胃の細胞で埋め尽くされているし、腸粘膜はずっと腸粘膜のままで……



_人人人_

> 待った <

 ̄Y^Y^Y ̄



じつは人体内の細胞が入れ替わることがある。偶然起こることではなく、人体が、「何かの刺激に反応して、生き延びるために」起こる変化であり、ある種の「適応」であると言える。


たとえば胃。ピロリ菌という悪いやつがやってきて、胃内に持続的に棲み着くことがある。胃炎や胃かいようと言った病気を引き起こすし、大半の胃がんの原因(というか胃がんがでかく育つ原因)も、ピロリ菌にあるのではないかというのが現在の学説の主流だ。


ピロリ菌というのは変な菌で、胃内の高酸環境に適応している。塩酸がいっぱいあるところに棲み着くのだ。物好きである。そこで、体内はおもしろい対処をする。


ピロリ菌が棲み着いて、炎症を起こして破壊した粘膜を再生する際に、胃粘膜ではなく、小腸の粘膜に作り替えてしまうのだ。


これを「腸上皮化生」という。化生、化けて生まれ変わる。


胃内に小腸の粘膜ができると、その部分では胃酸が作られなくなる。すると、ピロリ菌はそれ以上その場所に住めなくなって、まだ胃粘膜が残っている場所に移動していく、という寸法なのだ。


似たようなことがいろいろな場所で起こる。


長くタバコを吸っていると、気管支の細胞が「扁平上皮」という防御型の細胞にチェンジしていく。これを扁平上皮化生という。


子宮頸部にヒトパピローマウイルス(HPV)が棲み着くと、頸部の腺上皮と呼ばれる細胞が扁平上皮にチェンジする。これもまた扁平上皮化生である。


化生は扁平上皮になることが多いのかな? まあ、扁平上皮ってのは防御に向いているからな。外から来た敵(タバコやウイルス)がずっと居続けるような場所では、防御向けの細胞を増やすのがいいんだろう。


でも、いつも化生が扁平上皮になるとは限らない。食道と胃の境界部分では、バレット上皮と呼ばれる特殊な腺上皮化生が起こることがある。


これらの化生はいずれも、人体が何かに攻撃を受けているときに、少しでもそのダメージを減らそうと人体が対処しているものだと理解できる。ただし、やっていることは、消防署だった場所に警察官を配備したり、八百屋や魚屋だと思っていた場所にタイル業者を配置したりすることといっしょなので、じつは、「雇用の上での混乱が生じることがある」。


雇用の上での混乱……? 人事の問題? なに?


いつも通りの人事であれば、面接でチンピラ的存在をはじくことができるのだが、有事で化生が起こって人事が混乱していると、「チンピラを面接ではじけなくなって、悪いやつがそこにいすわることがある」のだ。


もうおわかりだと思うがねばっこく専門用語を使うと、「化生が頻繁に起こっている場所の周囲には、がんが発生しやすい」ということを、ぼくは書いたのである。化生自体は悪いことじゃないんだけどいいことでもないんだよ。