2021年10月22日金曜日

病理の話(589) タンパク質ばっかりに偉そうな顔させんなよ

人体のあらゆる細胞には「核」が含まれており、核の中にはDNAが格納されている。DNAは設計図のようなはたらきをしており、細胞がもつ様々なパーツをどのように作るかが記載されている。

DNAという設計図には日本語や英語が書かれているわけではない。A,T,G,Cという四つの文字が並んでいるだけだ。

DNAに書かれた謎の文章を実際に読んでみよう。たとえば、AGCTTCGAAという文字列があったら、AGC, TTC, GAA, のように、3つ刻みで解読するといい。これらはそれぞれセリン、フェニルアラニン、グルタミン酸のようなアミノ酸という「レゴブロック」に対応する。さっきのAGCTTCGAAという文字列は、「セリン…フェニルアラニン…グルタミン酸の順番でレゴブロックを1列につないでくださいね」という意味に読める。

レゴブロックをつなげたものがタンパク質と呼ばれる。タンパク質にはアミノ酸レゴが何百万個も含まれている(もっと少ない場合も、もっと多い場合もある)。

レゴを一列につなげただけでは、さまざまな機能を持つタンパク質にはならない。つながったアミノ酸たちはなんかいろいろあって、絡まる、すなわちダマになる。ダマになって途中でブチブチ切れたり繋ぎ直されたりする。こうして最終的にタンパク質になる。


ここまでが「おさらい」。でも大事なことです。今日はこれをふまえて別の話。


人体のあらゆる物質が基本的にはタンパク質でできている。しかし、タンパク質だけだとサポートしきれない機能もある。普通に考えて、レゴだけで人体は作れないと思うだろう。そこで、人体は「DNAを読んでアミノ酸を並べてタンパク質をつくる」以外にも、(知名度的に)マイナーな仕組みをいくつか持っている。


そのひとつが脂肪の活用であり、もう一つは糖の活用だ。脂肪も糖もタンパク質ではないので(食べ物に表示されている栄養分でおなじみだからなんとなくおわかりだろうが)、DNAプログラム→アミノ酸配列の仕組みじゃないところで人体のパーツになるためにさまざまに加工される。もっとも、体内で脂肪や糖を運んで組み上げる物質自体がタンパク質でできているので(目が回りそうな文章だ)、結局はDNAって裏でなんでもやってんな、という話にはなるのだけれど。


脂肪のはたらきとしてとても大切なのは「細胞膜になる」ということである。つまりは細胞の入れ物、器の役目をする。これはとても大事なことだ。器によって「ここまでがひとつの細胞ですよ」という境界をはっきりさせることができる……でもこの説明だと抽象的すぎるなあ、より化学的に説明するならば、「細胞膜という境界があることで、境界の内外に濃度の差を作ることができる」というのが大事である。ここはブログが2000本くらい書ける話になるのであまり深煎り、じゃなかった深入りしないけれど、雑なたとえで説明しよう。波ひとつ経たないような静かな湖では水力発電はできないけれど、高低差があって水が流れ出して川になれば発電はできる。さらに言えば、ダムを造って高低差を強化することで、水力発電はより効果的に行える。ここで大事なのはダムという「差をつくるためのせき止め」だ。細胞膜は、細胞がさまざまな発電的活動をするためのダムの役目を果たす。アァー細胞警察がやってきて「ほかにも細胞膜の機能は2000個くらいあるだろ!」と怒られそうだけれど今日はこれくらいにさせてください。話を脂肪に戻そう。ラーメンのどんぶりに浮かぶアブラのように、脂肪は水をはじく性質がある。これがみずみずしい細胞において「ダム」としての役目を果たす。


脂肪はダムとして水のせき止めを行うだけでなく、脂肪の仲間を自由に通過させたり取り込んだりする性質もあってこれも地味に役に立つ。「トントン」「誰だ」「水です」「くせもの!通さん!」「トントン」「誰だ」「脂肪です」「よし、入れ!」という感じである。ところでさっきラーメンのたとえを用いたが、クセと香りの強い香辛料や魚のアラなどを油で炒めてから、その油を用いてラーメンのスープを作ると、「油に香りを移す」ことができるらしい(自分でやったことはない)。これは、油が油(香りの成分のひとつ)と混ざりやすい性質を利用しているようだ。一部のうまみ成分のように水に溶けてくれるものならば、コンブやカツオブシで出汁をとるように、お湯に成分を移せばよいのだけれど、香りの主成分は油脂を含むので、アブラに成分を移すことで香味油として用いることで料理に用いる。なんの豆知識だ。豆と言えば豆板醤ってすばらしい調味料ですよね。


さて、脂肪の話をすると、体内で水は邪魔者扱いを受けている気分になってくるが、あたりまえだけれど水は生命の要である。細胞の各所に水をきちんと保持しておきたいシーンは多い。脂肪で水をはじくだけではなく、なんらかの物質で水を保つことも考える。

人体内で水分を保つためには、水を通さない容器やパイプの中に密閉して循環させるのがいい。血液を心臓・血管に閉じ込めて循環させるというのがまさにこれだ。実に合目的で、優れた機能である。しかし、血管の外で水をある一定の箇所に保ち続ける方法もほしい。あちこちの細胞でも水は使いたい。

そこで登場するのが、糖だ。


糖は、べたべたする。


うわー小学生みたいな一文を書きました! でもこれが本質である。糖があるとそこには水が寄ってくる。イメージとしては水飴(アメ)みたいな状態を作れる。水分を保つならばそのまま置いとくより水飴にしたほうが扱いやすい(水のまんまで置いとくと流れちゃう)。では、人体の中で水飴的なものってなんだろう? 2秒あげるので考えてみてください。なおこの2秒はあなたが光速に近い移動をすることで引き延ばすことができます。


(とても早く移動)


はい地球上では2秒たちました、ではお答えします。人体の中で水飴みたいなものといえば粘液である。粘液? 見たことないが? という人は鼻をかんで欲しい。さらさらの鼻水しか出ないかもしれないがときにはねっとりした鼻水が出ることもあるだろう。あれが粘液だ。


粘液というのは液状成分であってタンパクがどうとか関係ないんじゃないの? と思いがちだがあそこには「粘液コアタンパク」と呼ばれるタンパク質が含まれている。さらに、このタンパク質には糖がぶっ刺さっている。「糖鎖修飾」と言って、タンパク質のカタマリに糖を刺すことで、水を引き寄せるはたらきを強化している。ベトベトにするために糖を使う。


脂肪を使って水をよけ、糖を使って水を引き寄せる。あらまあ、いろいろやっていらっしゃること。


脂肪や糖はタンパク質よりも研究の歴史が浅いが、20年くらい前にはすでにトピックスになっていたし、今も活発に研究が進んでいる。DNAやアミノ酸、タンパク質ばかりに偉そうな顔させんなよ、という声が聞こえてきそうだ。