2022年1月7日金曜日

病理の話(614) がんゲノム病理学の勉強

文光堂の『がんゲノム病理学』という教科書を買った。この本、じつはターゲットがけっこうはっきりしている。


「分子専門病理医」という資格を受験したい病理医向けなのである。


病理診断をしていく上では、まず、病理専門医という資格がある。この資格がないと絶対に診断ができないというわけではないのだけれど、肌感覚として、この試験にすら受からないようなレベルのやつが病理診断をできるわけがないので、9割9分の病理診断医はこの資格を取得するし、ま、ふつうに受かる。

その病理専門医という基礎資格をとったあとに、さらに上位の資格としてとるのが、「分子専門病理医」だ。2020年くらいから一般に受けられるようになった新しい資格である。なお、ぼくは持っていないし、じつはこの先とるつもりもあまりない。


だったら教科書だって買わなくてもいいじゃん、と言われそうなのだが、それはそれ、これはこれ。


ぼくはもともと、病理医と一緒に働く外科医や内科医、皮膚科医、小児科医などの読んでいる本を読んで、「同僚のきもちを理解するために、彼らの使っている言葉を学ぶ」ことをやるタイプの病理医だ。

したがって、「分子専門病理医の資格は必要ないけれど、大学などで分子専門病理医がどういう気持ちで働いているのか」を知るために、教科書を読んでおくことには意味があると思うのである。




さて、実際にどういうことが書いてあるかを、軽く抜粋しながらご紹介しよう。


”遺伝子変化の実例: 「PMS2 c.780_801 delinsGGATAC p.Ala262fsTER40」と書いてあった場合、PMS2遺伝子翻訳領域における780~801番の22塩基が欠失し6塩基GGATACが挿入された結果、本来のPMS2タンパクの262番(アラニン)を1番としてカウントした際に40番のコドンが終止コドンになった、という意味になります。”


ぼく「おーなるほどー今までなんとなく雑に読んでたなあー」


”遺伝性腫瘍は同じ臓器に発生する非遺伝性がんに比べて悪性度が高いというのは誤りで、多発・再発しやすい、若年発症という傾向はあるが、必ずしも悪性度や予後は悪くない。」


ぼく「確かに確かにー」


”ゲノム解析不可の原因(肝胆膵外科症例)としては、DNA integrity number (DIN)が3.0未満の症例が6割を締めており、HE標本をみると細胞融解像が確認される”


ぼく「はー専門用語だとそういうことになるのかー」



みたいなかんじである。病理医ならチョロいし、最近医学部できちんと勉強した学生や研修医なら普通に読めますが一般におすすめできる本ではないですのでお気を付け下さい。責任編集の田中伸哉先生は20年前からロックフェラ大学の花房研究室まわりの学術業績についてめちゃくちゃ詳しかった(留学していたのだがそれにしてもすごかった)ので、序盤のがん研究の歴史を読むと、あー、田中先生がずっと言ってたエピソードがこんな本になったんだなあと感慨深いものがある。


なおたまにおもしろエピソードも載ってるぞ。ゾウは染色体が56本もあって、人間の44本より多いのに、がんになりにくい。なんで? と思ったらTP53が20コピーもあるんだってさ、へぇー!!