2022年1月28日金曜日

病理の話(621) 誕生という中動態

日本語のもんだいですけど、「生まれる」ってよく考えるとなかなかうまくできている言葉ですよね。(お母さんが)「産む」という能動で出産すると、赤ちゃんはまさに「産ま-れる」と受け身になる、まあそれはいいと思うんですけど、ここに「産」という字を使わずに、「生(い)きる」の生をあてて、「生まれる」って書くことができるのが、ははあーテクいなーと。


生きるのは能動……かとは思うのですが、「生かされる」という言葉があることを考えると、ほんらいゴリッゴリの能動態でliveを言うなら「生く(いく)」になりそうなものです。生きるというのは「生き(という状態)で居る」を縮めたかのような語感で、つまりは能動とか受動のような行動による変化をあらわすというよりも、状態とか存在そのものをあらわすような言い方に思えますね。


いや国語のくわしいことはぜんぜん知らないしググってもいないので、おおはずれなのかもしれませんが、「言葉からそのようなニュアンスを感じる」という話ですのでご放念ください。その上でさらに申しますと、「生きる、という状態」を濃縮したような漢字である「生」を、「産ま-れる」という本来は受動態のことばにあてて「生まれる」と読めるというのもなんだか意味があるような気がするんですよね、具体的にはその、「赤ちゃんは産まれるときにひたすら受け身で、この世に放り出されるみたいな感じで考えているかもしれないけど、実際にはもうすこし、能動と受動が混じってるっていうか、そういうのを超越した部分でこの世に在るんだぞ」みたいなプライドを感じるんですよね。考えすぎかもしれませんけれどね。



で、今日のブログは「病理の話」なのでここから医学の話に接続するんですけれど、赤ちゃんが「産ま-れる」ときって、もちろんお母さんのおかげで産んでもらえることは間違いないんですけれど、じゃあ赤ちゃんがただ受け身で待ってるかっていうと、そういうわけでもないんですよ。医学的には。そんな話をします。


赤ちゃんとお母さんを連結して、母親から栄養や酸素を赤ちゃんに提供しつつ、お母さんの血がそのまま赤ちゃんに混じらないようなフィルターの役割もしっかり果たしているという特殊な臓器をご存じですか?

そう、胎盤ですね。

胎盤はふつうにバケモノ臓器です。他の臓器にくらべて圧倒的に早熟で、突貫工事で一気に作られます。それまでお母さんのお腹の中になかったものが、たかだか2か月そこらでムクムクと大きくなるんだからすごいスピードです。しかも、急に作ったにもかかわらず、めちゃくちゃ複雑で繊細な「赤ちゃんとの情報交換プラスフィルター」という機能を発揮。赤ちゃんとお母さんの血液型が違っていても拒否反応を起こさないのはひとえに胎盤の力です。そして無数の血管を持つのに血栓とかぜんぜん作らない……いや、正確には、たまに血栓はできてるんだけどそれがちゃんと処理されていて、お母さんや赤ちゃんに悪影響を起こさないようになっている。で、この胎盤、赤ちゃんが十分に育って出産が終わるとものの数時間ではがれて落ちて痕跡もほとんど残さないようにできている(次の出産のときにはまた一から作る)。ちょっと都合が良すぎますよね。オーパーツかよと。

胎盤がなければ、お腹の中で別の生き物を育てるという超タスクは遂行できません。いやー、母の力ってすごいなあ……

……い、いえ、ちょっと待ってください。胎盤はお母さんが一人で作るものじゃないんですよ。胎盤の中には、「赤ちゃん由来の成分」がめちゃくちゃ入っています。つまり胎盤ってのは、「赤ちゃんとお母さんが共同で作り上げるもの」なんですね。すごくないですか? まだろくに内臓とか脳とかできていない段階で胎盤を作り始めちゃうんです。


となると、赤ちゃんは、お母さんに「産んでもらう」一方で、みずから「生まれようとする」力を持っているんですね。この言葉、すごくないですか? 「生ま-れ-ようとする」ですよ。能動なの受動なのどっちが好きなの、ってなものです。中動態なのかなあ。生命ってのはこの世に出てくるときからすでに中動態だってことかあ。



※日本語の細かい話とか「態」についての学術的なことはよくわからないので恐縮です。でもまあそういう記事なのでごかんべんください。どうしても訂正したいポイントがあるよって方は、どうぞ新たに記事を作っていただければ、いずれ見つけて読みにいきます。リプライとかは要りませんが。