2022年1月18日火曜日

病理の話(617) グリフォンを運用できるスタッフの腕を買う

病理医の仕事のひとつに、「病理診断」がある。


※いまインターネット上で病理医と名乗る人間の半分くらいは、「病理学の研究」をして給料をもらっており、必ずしも「病理診断」をしていない。したがって、病理医イコール病理診断をする人ではない。でも、残りの約半分くらいの病理医は、「病理診断」をすることで病院の中に仕事を得ている。


この病理診断だが、近い未来には、AI(人工知能)でかなり助けてもらえるようになるだろう。それはもう、間違いない。

このため、病理医以外の医者、内科医だとか外科医などは、AIがそこそこの結果を出してくれるならわざわざ人間の病理医を雇う必要なんてないよな、ということを、わりと本気で考えている。

でもぼくはそうではないと思う。どうも話を簡単に切り取りすぎているなあ、と感じる。


ひとつ極論をする。病院の中に、コンピュータではなくヒトの病理医が必要な理由は、「病理診断をしてほしいから」ではなく、「ほかの医者と異なる目線で、ほかの医者と違う理路で考える診断をできる人が病院内にいることで、いろいろ役に立つから」だ。


これを説明しようと思うとき、パトレイバーを例に挙げるのがわかりやすい。読んでいない人は読んでから出直してきて欲しい。できれば全巻読むといい。


機動警察パトレイバー(小学館/ゆうきまさみ)の中に、グリフォンという、「敵」が登場する。ワルモノが乗り込むロボット(作中ではレイバーと呼ぶ)だ。そのへんは、ま、読めばわかる。


パトレイバーの舞台はゴリゴリの日本だ。工事現場などで作業用のロボット(レイバー)がいっぱい運用されているほかは、現実とあまり変わらないので、近未来どころか、今となってはやや昭和的な過去が描かれている。技術が発達すれば当然、その技術を悪用した犯罪が起こる。ではレイバーがあるからと言っていきなり宇宙戦争が起こるかというと、そんなわけもなくて、酔っ払いが工事用のレイバーに乗って近隣の建物をこわして警察にしかられた、みたいな、良くも悪くも「俗っぽい」光景を楽しく(?)読むことができる。


そんな普通の日本に、ゴリゴリのワルモノレイバー「グリフォン」が出てきて、警察や自衛隊のレイバーをぶっ壊してしまうのだから、ああ、マンガだよなーと思いたくなるところだが、この作品のすごいところは、「なぜグリフォンなどというワルモノレイバーが、この日本に必要なのか」をきちんと説明しているところにある。


グリフォンという犯罪専用機には買い手がつかない。それでも、企業が多額の投資をしてグリフォンを作り、悪事を行う理由とは、「グリフォンというすごい技術を搭載したレイバーを作ってアピールすることで、そのグリフォンをメンテナンスできるほど優秀なスタッフを売り込むため」なのである。最新鋭の警察所有レイバーを軽々とあしらうほどのレイバー技術は、軍事産業をはじめとして多くの世界が注目する。そんなグリフォンをいちから作り出せるスタッフを雇用できれば……。


グリフォンそのものが重要なのではない。グリフォンを扱える技術者たちの腕が重要なのだ。


ぼくは、病理診断と病理医の関係も、これに似ているなあと感じることがある。「病理診断ほど複雑で、わからない人からみると突飛に思えて、発想がどんどん飛躍していくようなタイプの思考を必要とする診断」は、言ってみればグリフォンである。グリフォン的な超級レイバーをコントロールできる病理医の脳には価値がある。


病院では、「ちょっとこの症例難しいから、人を集めよう」というやり方をすることがある。医学部を出て医師免許をとって長年修業をした医師であっても、一人で人体の難しさと向き合うのはたいへんだから、複数の専門家を呼んで議論をする。このときに、「病理医」を呼んでくるといろいろいいことがある。なにせ、日ごろからあの「グリフォン」を扱っているのだ。きっとその思考技術が役に立つだろう……。


AIは病理診断の一部をやることができるかもしれないが、臨床医の話し相手にはならないし、論点に違う角度からスポットライトをあてるようなコシャクな議論もできない。A=A、B=Bと、正解がある問題に答え続けるだけなら病理医は人である必要はないし、病院に病理医は必要ない。でも、答えがわからないほど複雑な問題にみんなで立ち向かうにあたっては、AIでは足りない。コンピュータでは会話が進まない。


グリフォンそのものが大事なのではない、グリフォンを使えるスタッフが大事だ、それといっしょで、病理診断そのものをやればいいというだけではなく、病理診断を行える脳が大事なのである。