2022年1月26日水曜日

病理の話(620) どうしてそんな色になるの

いやーいつも困っちゃう。外科医や内科医、研修医などに聞かれる質問の中でも、一番難しいなーと思うやつだ。


「先生、この病気、なんで黄色いんですか?」


そう、色についてである。


「病気の色を聞かれる」というのは独特なシチュエーションだ。たとえば「風邪はどんな色ですか?」と聞かれても答えられないだろう。おなじように、高血圧はどんな色ですか、とか、糖尿病はどんな色ですか、という質問も成り立たない。

世の中には共感覚と言って、何かを知覚したときに別の知覚を同時に感じ取る人もいるらしく、ドレミのドは青色だみたいなことを感覚するらしいけれども、そういうタイプの人でもない限り、「風邪は何色ですか」と問われるとびっくりする。え、鼻水は黄色いです……みたいに、ちょっとピントをはずした答え方をしてしまうだろう。

でも、色を答えられるタイプの病気もある。何かというと、がんなどの「カタマリを作る病気」だ。

腫瘍(しゅよう)細胞が満ち満ちに増えて、5 mmとか1 cmとか、大きくなると10 cm, 20 cmくらいのカタマリをつくることもある。そのカタマリはボールのように丸いこともあるし、細胞の性格によっては一部がかけてしまうこともある。

これらはよく手術でとってこられる。手術でとったものを見るのは病理医の仕事だ。とって終わりじゃない、そこからも綿密にいろいろ調べることで、よりよい治療を追加できるのである。

カタマリにナイフを入れて、割面(きりくち)を観察する。そこにはもちろん、色がついている。性状をよく見ながら、どこを顕微鏡で見たら診断がしやすいかを考えて、適切な場所を適切な枚数のプレパラートにする(技師さんにおねがいする)。


すると、その切り出し方を見ていた外科医や内科医、研修医などが言うのだ。


「先生、この5 mmくらいの病気ですけれど、大腸カメラで見ていたときにちょっと黄色かったんですよね。なんで黄色なんでしょうか?」



きみら、5 mmの病気もちゃんと見つけててえらいなあ。しかしなあ、なんでって言われてもなあ……。



そもそもあなたはトマトがなぜ赤いかを答えられるだろうか? 「赤い色素が入っているんじゃないの?」。もうすこしいろいろ調べた人だと、トマトが赤いのはリコピンという物質が入っているからだよ、と答えるかもしれない。

しかしだ。「リコピンはなぜ赤いんですか?」と言われたら困るだろう。

なぜって……たまたまその……光の波長のアレで……そう見えるから?



病理医も似たような問題に直面する。たとえば、ある病気が黄色みを帯びていたとき、顕微鏡で見て、そこに脂肪が存在すれば、われわれは「ああ、脂肪が含まれていると黄色いんですよ。」と答える。ところが、脂肪がなぜ黄色く見えるのかとまで聞かれてしまうと……ウッ……よくわからない。ぼく自身、「リコピンは赤い色以外をすべて吸収してしまうから、赤色だけを反射するため、赤く見えるんですよ」と説明されたところで、「じゃあなぜ赤い色以外をすべて吸収できるんですか?」としか思わない。だから、脂肪が黄色いからだよ、と説明をするときには、いつも困ってしまう。

「この研修医は、どこまで疑問を掘り下げるタイプかなあ……」

とハラハラしながら、「ああそれは、顕微鏡で見ると脂肪が含まれているんですよ。」と、いったんそこまで答えて、様子をさぐる。するとほとんどの研修医は、

「ああ、なるほど! 脂肪が含まれているからなんですね」

と、そこで納得してくれるんだけど、いつもモヤる。えっ、そこで疑問終えていいの?





こうしてひそかに一人ハラハラしているので、いろいろなシチュエーションに強くなった。たとえばとある病気のカタマリは、一部に黄色い部分があるのだが、じつはそこを顕微鏡で見ても「脂肪が見えない」。すると、若い病理医のタマゴなどは疑問に思う。


「先生、ここ、顕微鏡で見ても脂肪がないんですけど……なぜ黄色いんでしょうか?」


そういう質問も何度か受けたぼくは、答えを用意している。


「ああ、それはですね。ここで細胞が壊死(えし)していますよね。細胞がいっぱい死ぬと、細胞膜を作っているリン脂質二重膜、つまり脂質が、残骸となってこの部分に残るんですね。脂肪以外の残骸はマクロファージに処理される速度が早くて、脂肪成分だけが比較的長く残るんです。だから、脂肪の黄色が強調されて、こうして見えてくるというわけなんですよ。」


ここで病理医のタマゴは感心する。「へえ! なるほど! 脂肪なんですね!!」


でもじつは内心ハラハラしている。「じゃあどうして脂肪は黄色く見えるんですか?」これを聞かれたらぼくは病理専攻医の自律神経に衝撃波をあたえて失神させてその場を去るしかない。でもまあ、めったに聞かれない。ハラハラ損だ。




そして、「黄色みをおびた病気」がいつも脂肪を含んでいるわけでもないので難しい。たとえばかつてカルチノイド腫瘍とよばれた腫瘍は、脂肪を含んでいないのに黄色く見えることがある。これがなぜ黄色いのかをいつもうまく答えられない。神経内分泌顆粒が黄色いんじゃないッスかとか適当なことを言って上級医の自律神経に衝撃波を与えようと思ったのだが、さすがに上級医は、自分の神経をうまく守っているらしくて、衝撃波が届かなかった。オールシングティーポット(万事休す)である。そのきゅうすじゃない。