2022年11月7日月曜日

病理の話(713) むくみのはなし

「むくみ」。

なんか腫れぼったくなるアレ。

むくみは意外と奥が深い。

いくつかの理由があって、むくむ。

「いくつか」というのがポイントだ。




理由を考える前に根本的なところを。

そもそもむくみとは何か。

医学用語だと「浮腫(ふしゅ)」という。訓読みもできるぞ。「浮腫み(むくみ)」。そのまんまだ。ふしゅみではない。

浮いて腫れる、と書くわけだが、さて、なにが浮くんだろう?

手足がむくんでいるとき、個人的には、皮膚の表面でいつも受け取っている感覚、触覚とか温・痛覚が、いつもよりも浮くような感じがある。あれを現した言葉なのかな?

ちょっと語源を調べてみよう。

調べた。わかんなかった。

なんかちょっと浮くような感じで腫れるってことでいいと思います。



さて、Googleなどでむくみ/浮腫を調べると(語源を知りたかったので)、いろいろ間違った知識が出てくる。代表的なのは「むくみとは、皮膚の下に水が溜まることを言います。」みたいなやつ。皮膚の下! まあそういうこともあるけど、そうとも限らない。なぜなら、皮膚「自体」もむくむからだ。

むくみは、「細胞のあいだに水気がたまる」ことで起こる。皮膚の中も下も関係ない。ただし、水がたまりやすい場所、たまりにくい場所というのはある。




体の中にはさまざまな細胞が配置されている。皮膚もそうだし内臓もそうだ、血管も脂肪もぜんぶ細胞でできている。では、人体には細胞がみっちみちに詰まっているかというと、そうではなくてスキマがある。渋谷の交差点だって、人がみっちみちかというと、確かに人はいっぱいいるけどちゃんとスキマも空いているだろう。あれといっしょだ。細胞と細胞の間のスペースがあり、間質(かんしつ)という。間(あいだ)の質と書くから、そのまんまだ。

この間質に水気がたまることを「むくみ」と呼ぶ。


間質には普段からある程度の水気がある。カラッカラではないのだ。細胞が乾燥してしまっては困るからね。よく知られている話だが、人体の6割くらいは水でできている。赤ちゃんはもう少しみずみずしい。この「6割の水」のうち、4割は細胞自体にふくまれている。そして、残りの2割が、「細胞の外」にある。この「細胞の外」に該当するのが間質と、忘れてはいけない「血管の中」である。


ん? こんがらがってきたかな? では絵を書く。




寄り集まっていろいろ仕事をしている人間が、ここでは「細胞」だと思ってください。こいつら細胞が、そもそも4割の水気をもっている。そして、細胞外、すなわち「間質」と「血管」をあわせたスペースに2割の水気が含まれる。

「血管」には0.5割(5パーセント)くらいの水があり、残りの1.5割が「間質」にあるそうだ。血管の中の水って思ったより少ないね。

もっとも、実際の分量にするとそれなりである。血管の中にある水分量は3リットルくらい。間質にはその3倍だから、だいたい9リットルの水分が含まれている。こう書くとけっこうな量だよね。

ただし9リットルもの水があるというとタプタプに感じてしまうが……じつは人体の中にある間質を面積に換算すると、サッカー場くらいの広さになるそうだ。サッカーコート1面に2リットルのペットボトルを4本半まいたところでびしょびしょにはならない。やっぱりたいしたことないかなあ。

だいたい、それくらいの分量感だということです。




さて、あらためて、むくみはどこの水が増えるのかというと……。


「間質」。細胞と血管の間に水が溜まる。これによって、足がむくむとか、手がむくむとか、肺がむくむ(!)とか、脳がむくむ(!!)といったことが起こりうる。


えっ肺!? ていうか脳!!?!?


手足がむくむのも大変だけど、肺がむくむとしゃれにならない。スポンジのような肺に水がたまっちゃったら、いくら息を吸っても酸素を取り込めない。

それに脳がむくんだら大変だ。なにせ、脳は頭蓋骨に取り囲まれている。狭いスペースでパンパンに腫れたらいくらなんでも細胞に悪影響が出るだろう。



しかし、二日酔いで手足がむくんでいるときに、呼吸がゼーハー苦しくなるなんて聞いたことがない。
人体では、場所によってむくみのメカニズムが違うのだ。手足がむくむタイミングでも脳や肺がむくむとは限らない、というか、脳や肺はなるべくむくまないように調節してある。

ではそのメカニズムとは?



むくむとは間質に水が溜まることだ、と書いた。水はどこからやってくるかというと、血管の中である。それはどこでもいっしょだ。なんらかのメカニズムで、血管内から水分が周囲にしみ出す。それも、大動脈とか大静脈みたいなでかい血管からではなく、非常にこまかな、毛細血管から漏れ出てくる。


毛細血管から水が漏れ出る度合いにかかわるファクターは、大きく分けて二つ。物理的な圧力と、血液の濃度である。


毛細血管にいわゆる「水圧」がかかると(静水圧の上昇)、間質への水漏れは起こりやすくなる。たとえば、居酒屋で両脚を掘りごたつの中におろしていると、帰りにブーツを履こうと思ってもむくんで履けないが、畳の小上がりで足を伸ばしていればそのうちむくみは改善する。これは足をおろしていると、足の毛細血管に「重力による圧」がかかって、水分が毛細血管の外に流れやすくなるからだ。

でも、圧だけで水漏れを起こしては困るので、「水分が血管の外にもれないようなしくみ」がある。

中学や高校の理科でやった浸透圧というものを覚えているだろうか? 血管の中には塩分やタンパク質など、さまざまな物質が溶け込んでいて、間質にくらべると溶質の濃度がすごく濃い。さあ、ここで理科の授業を思い出してほしい。水分は、溶質の濃度が高いほうに移動する。だから、血液が「間質よりじゅうぶんに濃い状況」である場合は、多少の圧がかかっても、血管の中に水をひきとめるはたらきが作動する。

血液と間質との間に「浸透圧の差」をつくる上で重要になってくるのが、毛細血管の壁である。この壁に穴がぜんぜん空いていない状況、つまり、血液の中にあるタンパク質などが間質にもれにくい状況だと、血液の濃度の濃さは保たれ、水は引き留められる。保水効果が期待できる。

ただし、血管というのは、体の各地に酸素と栄養を運ぶ役割を果たしているから、「タンパク質などが間質に漏れなさすぎる」状態だと、物資の輸送ができなくて困ってしまう。バランスが大事なのだ。物資は運びたい、しかし、血管内の物質濃度は濃く保ちたい。

そこで、臓器ごとに、「どれだけタンパクを運ぶべきか」や、「どれだけむくみを防ぎたいか」に対応して、血管の壁はタイプが異なっているのである。



脳はとにかくむくみたくない。頭蓋骨の中で脳がむくむと命にかかわる。そこで、脳は、なんと「毛細血管の壁から一切タンパクをもらさず、血管の中を高濃度に保つ」という仕組みを有している。ブラッド・ブレイン・バリア(BBB)という。むかしアメリカのプロレスにトリプルエイチ(HHH)というのがいたが、脳にはトリプルビーがある。脳の血管は何ももらさない、例外は糖分だけだ。脳が疲れていると甘い物がほしくなるだろう。脳は糖分以外を受け取ろうとしない。

こうして、脳においては、常に血管の中の濃度を高く保ち、浸透圧によって血管の中に水を引き留めておくことで、むくみをふせいでいるのだ。



しかしいつもそういう強靱な血管ばかりでは臓器がうまく働けない。たとえば、肝臓。肝臓は栄養をため込んだり加工したりする、人体最強の工場であり、血管の中と外とで物資を移動させる必要がある。だから肝臓の毛細血管(的な類洞とよばれる構造)は、脳とは違ってタンパク質が通過し放題だ。このため、血管に圧がかかるような状況では、浸透圧の差による水分引き留めが使いづらくなり、あっという間にむくむ。


ほかの臓器も見てみよう。たとえば肺だ。肺の毛細血管では、肝臓と同じように(脳とは真逆で)、タンパク質がわりと自在に通過する。となると、血管内外の浸透圧差を必ずしもうまく保てない。ただし、肺にはリンパ管とよばれる「間質にもれた水分やタンパク質を回収する仕組み」がかなり発達している。このため、病気でもないかぎりは、一瞬血液からタンパクがもれて、浸透圧格差がなくなって、血管の外に水が漏れても、リンパ管によって間質の水気やタンパク質が回収される。これにより、多少肺がむくんでもすぐに水分を引き取ることができ、むくみがおこらないようにしているのである。


今、とつぜんリンパ管の話が出てきた。くり返しになるけれど、リンパ管は、間質にある水分とタンパク質を回収するシステムである。間質の水気とタンパク質を同時に回収することで、「間質の濃度が薄い状態(=血管の中身が濃い状態)」を保持する。では、足などで「リンパの流れが悪い状況」が生じるとどうなるか? 水分やタンパク質の回収がうまくできなくなって、むくみやすくなるし、むくみが取れづらくなる。


リンパ管の中に入った水分やタンパク質は、静脈と同じように、最終的には心臓に帰って行き、また全身をめぐる血液となるのだが、このとき、リンパ管の中に入った水気とタンパク質を「ぎゅっ、ぎゅっ」と移動させる仕組みが必要である。ご存じだろうか。足のリンパ管ならば、足の筋肉を使うこと、つまり「運動」をすればいい。そうすると、すきまにあるリンパ管も筋肉にぎゅいぎゅいしぼられて、中身がどんどん心臓方向に運ばれていく。筋肉はリンパ管の中身を絞って移動させるポンプなのだ。だから運動するとむくみがとれるんですよね。

ちなみに肺のリンパ管は運動しても中身を絞れないが、かわりに、呼吸して肺を開いたり閉じたりするだけで、リンパ管もぎゅんぎゅん絞られる。呼吸を利用して水気を吸い上げているのである。人体すごいと思う。




えっ……なんか今日の話……長くない? と思いました? すみません、今日の内容はですね、「今後書く予定のある原稿のために、ぼくが頭の中を整理しながら書いているメモ」なのです。そのうち図解入りでどこかに書く。