2022年11月21日月曜日

病理の話(718) 教材をつくろう

CTやMRI、超音波、内視鏡などで、「体のそとから患者の病気をなんとか見てやろう」と思ってがんばっている人たちがいる。

医者はもちろんだが、放射線技師や臨床検査技師と呼ばれる「技師」たちもだ。

このような人たちは、ときに、画像診断のプロフェッショナルとして、患者の病気をなんとかうまく見極めるために日々努力する。

「ときに」というのは……まあ、仕事はほかにもあるから、というくらいの意味だ。朝から晩まで超音波プローブを患者にあてて、内臓を探し病気を見出すことに命をかけてます! みたいな人もたまにはいるけれど、たいていの医療者は「ほかにも仕事がある」。



さて、そのような人たちが、画像検査で患者の病気を探すのは、「患者の病気を早く見つけて/適切に評価して、その後の治療を成功させるため」であろう。見つかった病気がうまく取れそうだとなったら、外科医や内科医たちがさまざまな「手術」をほどこし、病気とその周りの組織を体の中から取りだしてくる。


で、取り出したものは病理医が見て、さらに詳しく診断を付けるわけだが……。このとき、病理医が見ているものは、いわば、


「画像診断で見ていたものの、答え合わせ」


になる。



たとえばレントゲンという検査が「影絵」だということは、なんとなくみんなわかっているだろう。しかし、レントゲンに限らず、ありとあらゆる画像検査は、「どことなく影絵」の側面がある。患者のお腹をひらかずに、体の外から病気を見ようと思うとき、どんなに高性能の機械でも必ず死角ができるし、影ができるし、色彩が伝わらなかったり質感がいまいちだったりする。その意味で、画像診断とは常に影を見ているのだ。

その点、病理医が見ているものは「取り出した臓器そのもの」である。病理医はそこでさらにナイフを用いて病気を切り、内部性状まで細かく調べることで、影だった部分にどんどん光をあてていく。だから、病理が一番「正解」に近いと言われるのである。



そんなわけで、医者や技師たちはしばしば、病理医に、「あの臓器、本当はどんな感じに見えるの?」と質問をする。たとえばこのように。


「乳腺の中を走ってる乳管って、どんな感じで走ってるの?」

「膵臓のここの部分に脂肪が多かったと思うんだけど、病理で見てもそうだった?」

「肝臓のこの部分には石が詰まってたのかなあ。石のせいで、そのまわりの部分がよくわからなかったんだけど、どうなってた?」

「前立腺ってけっきょくなんなの?」


わりと多く聞くのがこの「結局なんなの」。ちょっと笑ってしまうが聞くほうはいたってまじめである。日頃から、影絵的なもので暗号、記号、例え話をまじえながら診断をしていると、「結局なんなの!?」と知りたくなるのだろう。


というわけで病理医にだいじな仕事がふりかかる。

医療者に「臓器が実際にどうなっていたのか」を見せるタスクだ。

しかしぶっちゃけると、この仕事は、その患者に直接役に立たないことも多い。なにせ、病理診断自体は別に終えているわけで、患者に必要な病理情報というものはすでに主治医にわたっているからだ。

その上、「画像検査を担当した人のために、追加で病理を解説する」というのは、本業とは異なる「趣味」として捉えられてしまうことも多い。

乳管がどう走っていようが、とってしまった乳腺なんだからもう関係ないだろう、という考え方である。


ただ……事前に体外から患者のお腹の中をあれこれ予測する仕事をしている人たちにとっては、定期的に答え合わせをしていくことが、仕事の精度を高く保つうえで重要なのは間違いがない。みなさんもおわかりになるだろう。問題集を解いても答え合わせをしなければ実力は上がっていかないということを。

だから病理医は、直接患者のためにならないような仕事も引き受ける。医療者を教育……と言うと上から目線すぎるかな、画像診断をした人たちといっしょに追加で勉強をするくらいの気持ちで、臓器をさらに細かく解析していくのである。そうすることで、医療者たちの実力を……ときには他の病院に勤める医療者たちの実力をも、底上げすることができる。



患者から実際にとってきた臓器を用いてあれこれ解説することを「レベル1」だとすると。

「レベル2」もある。それは、「今見ている患者の病理像を、似たようなほかの患者と比べながら説明する」というやりかただ。

目の前にいる患者(の臓器)と同じようなできごとが起こっている別の人を探し出して比べた方が、より理解はしやすい。ただしその分、説明の手間がかかる。データベースの検索がうまくないと、なかなか「目の前の患者と似た患者」は見つからない。病名で検索すればいいじゃん、と簡単に考えがちだがそうではない。「画像検査」のようすが似ていた人を探さなければいけないからだ。これにはなかなかのコツがいるのでレベルがひとつあがる。

さらに「レベル3」もある。頻繁に問い合わせをうける質問については、教科書のように、教材としてまとめておくのである。

質問をしょっちゅう受けていると、この質問はよく聞くなあとか、こっちは珍しいなあという経験が蓄積してくる。そういうのをパワーポイントなどを用いてひとつにまとめれば、いわゆる「学術講演スライド」ができあがる。これには知識と経験と、あと、「質問する人たちの感性」をわかっている必要があるので、レベル3と書いたけど実際にはたぶん10くらいは必要だ。アリアハンを出てロマリアで無双できるくらいのレベルがあるとまあ序盤は普通にやっていける。




こういう仕事をかれこれ15年くらいやってきて思うこととしては……。

医療者が病理医に質問をしてきたとき、病理医としては思わず「ぼくだけが知っている真実」を伝えたくなる。これは落とし穴である。つい、顕微鏡で撮影した病気の拡大写真を見せたくなるのだ。なぜなら、顕微鏡を使えるのは病理医だけであり、顕微鏡写真というのはぼくらにとっての「特権」だからだ。

しかし、それを見せても、医療者たちの質問は解決しないことが多い。そんなミクロの現象にはピンと来てもらえないのである。

どちらかというと、デジタルカメラできれいに撮影した臓器の写真をきちんと解析することが喜ばれる。なぜなら、現場の医療者たちが見ている画像のサイズ感は、まさに、臓器をデジカメで撮ったものと同じだからだ。

倍率をあげればいいというものではない。

誰が見ても直感的に「ああ、この形かあ!」とわかるところから解説をはじめる。

そして、医療者たちが気づかないうちに、じわりじわりと拡大倍率をあげていくことで、質問をしにきた人が自然に「マクロの世界からミクロの世界に一歩だけ足を踏み入れている状態」を作る。そうすると、なんだか、うまいこと納得してくれることが多いのである。これはコツというかたぶん真髄に近いものだ。あっさり書いたけどな。