2022年11月15日火曜日

病理の話(716) AIやICTがもたらすスマートな病理診断

※来年春の日本病理学会総会(山口県にて開催)で、ワークショップ「デジタルパソロジーを活用した病理医の働き方改革」の指定演者に選ばれました。そこでしゃべるにあたっては、「抄録(しょうろく)」というのを提出する必要があります。ホームページなどに掲載されて、人びとがそのワークショップを見に来るかどうか考えるための素材となる文章です。タイトルがリードコピー、抄録本文がボディコピーにあたると考えるとよいかもしれません。

で、抄録を書いたのですが、英文で書けば1000文字許されるのですけれども、和文だと500字制限だということをうっかり忘れて、1000文字書いてしまいまして、いったんボツにしました。しかしまあブログに載せてもよかろうと思って転載します。なお、転載にあたって、改行したり箇条書きを増やしたりとすこしだけ手を加えました。


抄録タイトル: AIやICTがもたらすスマートな病理診断という幻想


抄録本文:



・医師の専門性が過去にないほど細分化されること

・専門医機構等の制度変化によって従前のキャリアパスが陳旧化してしまうこと

など、さまざまな理由により、次の10年が「医師のリクルート暗黒時代」になるであろうことは論を待たない。

日本病理学会をはじめとする関係各位の尽力により、病理医の働き方が他科に比べてより多様性を保証するものであることは周知されつつあるが、医学生や初期研修医が単に

「ワークライフバランスが良ければ魅力的な診療科である」

という価値観のみで進路を選択するわけではないことに留意すべきであろう。リクルートの現場で、医学生に向かって「今後の病理はAIがジャンジャン入ってくるから働きやすいよ」とはなしかけると、その場では「いいですね!」と満面の笑みを浮かべてくれるがあとでTwitterの裏アカウントで「人間がいる意味がない科だった、つまんなさそう」などとばっさり切られていたりする。


そもそも、市中病院の最前線で病理診断をしていると、WSIスキャナの購入許可が総務課から一向に下りず、デジタルパソロジーとはすなわち「大学にスキャンしてもらったWSI(Whole slide image)を送ってもらって学会や研究会の仕事をすること」以上でも以下でもないという悲しい現状がある。AIに至っては、日常の診断を手助けしてくれるレベルにはとても届いていないと言わざるを得ないし、AI研究と言っても「自院の標本を大量に選んで倫理委員会を通してスキャンセンターに送り、論文のイントロに病理組織形態学的前提を書き、エンジニア系の雑誌で査読される段になって以降は医師としてコミットするのが難しい」というのが正直なところで、珍しいことをやっているという実感こそあれ、果たしてこれが一生のやりがいとして「働き続ける病理医としての自分」を支えてくれるものなのだろうかと疑問に思う。

つまり、今のところ、AIやICTが病理診断をスマートにしている実感は一切ない。

泥臭く、人間くさく、調整と交渉の仕事が増える。それが近未来の病理診断の姿ではないか。


しかし、逆説的に捉えると、病理診断科に旧態依然という言葉があてはまらないことを歓迎すべきなのかもしれない。AIをはじめとする「時代に要請される技術」によって、介入されてかき回されるだけの可能性と学問/商売のタネがここにはあるということにほかならず、そもそもAiからもICTからも知らんぷりされているような科ではニュースにもならないわけで、耳目を集めるだけの素材が揃っている場所で七転八倒する中年病理医のていたらくを見てストレートに「つまらなさそう」と即断するほど今の医学生は狭量ではない気もする。


AIやICTがもたらすスマートな病理診断という幻想が現実を蹂躙するさまを供覧して、将来を担う若手の審判を待つ。