2022年11月9日水曜日

病理の話(714) ミミックかんべんしてくれ

ドラゴンクエストシリーズには「ひとくいばこ」というモンスターが出てくる。「ゆうしゃ」一行がダンジョンの中で、宝箱を開けようとすると「たからばこは ひとくいばこだった!」などのメッセージと共に、宝箱に擬態したモンスターが襲いかかってくる。


これがけっこう強い。そのダンジョンに出てくる普通の敵よりも強いことも多く、ゲームに慣れていない人だと高確率で全滅する。


しかし、まあ、ゆうしゃ・せんし・そうりょ・まほうつかいがきちんと揃ったつよつよパーティであれば、たとえ「ひとくいばこ」であっても、冷静に対処することでなんとか切り抜けられるだろう。ただしこのとき、「ひとくいばこ」には基本的にまほうが効きづらいので、回復を丹念に行いながら、戦士と勇者が地道に殴りまくることで、なんとかたおす。


そうやって物語を薦めていくうち、ま、ひとくいばこくらいなら怖くないわ、くらいにパーティ(とプレイヤー)が慣れたところで、宝箱の中から飛び出てくるのが「ミミック」だ。

こいつがめっぽう強い。いきなり「つうこんのいちげき」を食らわせてくる。初見のミミックで全滅しない人のほうが珍しいのではないだろうか、というくらいに強いので困りものだ。

見た目は「ひとくいばこ」と大して変わらないのに、ミミックはかなりの上位互換である。

したがって、かつてドラクエで育った子どもたちはみな、大人になっても、心のどこかで「ミミック」を恐れている。



そのせいだろうか。

医療の中で「ミミック」という言葉が出てくると、われわれは戦慄する。



この場合のmimic(もしくはmimick)は、モンスターではなく文字通り「擬態する」という意味だ。具体的には、「あの病気に見えたけどじつはこの病気だった」というような、「似通った病気どうしで診断を間違えたとき」に使う。

「○○病をミミックした△△病の1例」と言った症例報告論文が出されることが多い。

いやいや、それって結局、△△病をうまく診断できなくて、○○って誤診しただけやん……と、後世の人はツッコむのだが、話はそう簡単ではない。なぜなら、これ、本当に騙されるからだ。難しいのである。


ドラクエだと、一度ミミックにやられたプレイヤーは、その後は宝箱を目にするたびに「ミミックかな?」とびくびくして、インパス(※宝箱の中身がミミックでないかを調べるための呪文)を唱えるのが定石だ。

医療でもある意味おなじことが言える。ただし、「一度ミミックにだまされたら」というのはまずい。そのだまされは、患者の不利益に直結するからだ。「世の中の誰かがミミックにだまされたという話を仕入れて、ミミックがいないかを気に留める」くらい慎重でないと、診断はうまくいかない。



さて病理の話なので、病理診断におけるミミックのことを考えよう。たとえば「がん細胞によく似た、がんではない細胞」が出てくることがある。炎症によってへなっへなにされた、元は善良だった細胞が、見ようによっては「がん」に擬態するのだ。医学生で病理診断をかじった人というのがたまにいるが、黙って診断をまかせると高確率でこの擬態を見抜けない。

そこでインパスならぬ「免疫染色」というわざを用いて、なんとか擬態を見抜こうとするのだが、これがまた難しくて、「免疫染色すらもまぎらわしい、がんではない細胞」みたいなのが出てくることもある。中皮とか。一部の軟部腫瘍とかね。


病理形態診断におけるミミックの倒し方は……強靱な体力と豊富な経験(レベル上げが必要)、そして免疫染色のような「呪文」も大事だが効かないこともあるので、最終的には「物理で殴り続けるように、地道に、ひとつひとつ証拠を積み上げていく」」ことが結局遠回りなようで一番役に立つ。


まあ、臨床診断で「ミミッカー」を倒すときには、必ずしもこの「地道な物理」だけが解決法ではないようなのだが、病理診断……というか形態診断の場合はスマートに解決するというよりも泥臭く殴り続けるくらいのほうが少しいいような気がする。大学受験の数学で、確率の問題を解くときに、「1000通りくらいだったら計算するよりも数えたほうが早い」と思ったことがないだろうか? あれに近いものが……ちょっとだけある。