2019年8月6日火曜日

病理の話(351) 緩衝系アミノ式

高校の化学で習う知識に、緩衝液(かんしょうえき)というのがある。




緩衝液のことをきちんと覚えている国民はどれだけいるのだろうか?

義務教育後の教育内容だ。たいていの人は忘れてしまっているだろう。ぼくはたまたま生命科学を学んでいるからギリギリ覚えているというだけだ。自慢できるようなものじゃない。

そもそも、ぼくは、日米修好通商条約の細かい内容など覚えていないし、漢文だってろくに読めない。これらは、確かに一度、習ったはずなのだが……全く記憶にない。

そんなぼくが、いまさら化学だけは国民すべてが覚えておくべきだ、などとはとても言えない。

けれども緩衝液の知識はいろいろと応用が利くので、この際、各自、ググるなり本を調べるなりして、確認しておいたらいいんじゃないかな、とは思う。




細かいことは抜きにする。

「弱酸+弱酸塩」をセットでまぜた溶液を緩衝液という。

緩衝液は、何を足しても引いても、pHが変化しづらい。

これだけ覚えていればいい。

世の中には酸性の物質とアルカリ性(塩基性)の物質というのがある。

たとえば、真水に酸をぽたりと垂らすと、ただちに水のpHが中性から酸性に変わる。

それはもう、グンッと変わる。

で、ここに、アルカリを加えると、ビシッと中性に戻り、さらにいっぱいアルカリを加えると、液体のpHはいっきにアルカリ性に傾く。

何を当たり前のことを言っておるのか、という感じだろうが、とても大事なことなのだ。




ちょっとの酸をぽたりと垂らすと、pHがグンッと変わる、と書いた。

こんなことが生命の中で起こっていると非常にまずい。

なにせ、生命は化学反応のかたまりである。タンパク質とか酵素などが、生命を維持するために次々とくっついたり離れたり、形が変わったりエネルギーを作ったり溜めたりする。

これらの反応は、すべて、適切な温度、適切なpHの中でのみ、はたらく。

ところが外界から酸がやってきて混ざって、もし生体内のpHが変わってしまうと、化学反応は一気にストップしてしまう。

とてもまずい。

酸一滴で死んでしまう、ということになりかねない。




だから生命は、その辺にある液体……血管の内部とか、細胞の中身とか、細胞と細胞のすきまとか、とにかく、液状成分を、基本的にすべて、緩衝液にしておくのだ。

炭酸と炭酸塩を使ったり。

リン酸とリン酸塩を使ったり。

クエン酸とクエン酸塩を使ったり。

いずれも、弱酸と弱酸塩の組み合わせ。これらを豊富に、生命のスープの中に溶け込ませておけば、多少の酸や多少のアルカリが加わっても、pHがほとんど変わらない状態が維持できる。




これはかなり有名な考え方なので、ググればあちこちに出てくる。ただ、これについては因果が逆なのかもしれない。

生命はpHを保つために緩衝液を用意した、のではなくて、偶然緩衝液になった環境でなければ生命が誕生しえなかった、と考えた方が素直なのだろうなーという気がする。

いずれにしても、生命は、自らを緩衝液にしていることと、もうひとつ、自らを複雑系として組み上げていること、この2つによって、ちょっとやそっとの外界刺激で大崩れしないようなシステムを作り上げた。

逆にいえば、生命が緩衝液で、複雑系である限り、我々がいくらレモンを大量にたべてビタミンCをとろうと、いくらコラーゲン鍋を大量にたべてコラーゲンをとろうと、結局、緩衝されて、複雑系にまきこまれて、その影響はほとんど無視できるレベルになってしまう、と考えることができる……。

そして、緩衝液や複雑系をものともしないくらいの強毒が、しばしば、生命の維持をおびやかすことになる。ただ毒の話は長くなるのでいずれ別に項目をもうけよう。