ぼくは臨床医が書いた本をよく読む。
その多くは、非常に専門性が高い。
胃カメラは、その名の通り、胃をみるためのものだ。長細くて、光ファイバーを使うことで先端のあたりがみえる触手。拡大機能つき。マジックハンド機能搭載。胃をみる途中にあるノドや食道もみえる。十二指腸だってある程度みえる。べんり!
でも胃カメラで肛門はみない。
痔はみられない。
肝臓もみない。
心臓もむり。
肺もむり。
腎臓もだめ。
脳もみられない。
そんな胃カメラの、見たり摘まんだりする機能の中の、『拡大機能の使い方と、拡大してみたときの模様の分類』なんて、もう、重箱の隅の隅にくっついている米粒ひとつ、くらい、マニアックな情報だ。
このマニアックな情報だけが書かれた本が、12000円くらいする。
専門性が高い医療書籍はほとんど売れない。
初版は1500冊とか2000冊。重版はまずかからない。
印税が8%だとしたら、この本が一冊売れると著者には960円入るが……。
マニアックすぎる本を書くには複数の著者が必要なので、たいてい、10人くらいの医者が執筆している。
だから一冊売れて入ってくるお金はたいてい100円。
750冊売れれば75000円。
医療系の本を書くだけでは食っていけない。
マニアックで高度な専門書は、書いても食えない。
ぼくは臨床医が書いた本をよく読む。
どれもこれもマニアックすぎる。通読してもよくわからないけれど、一度は通読する。たいていはその後、「本当にその情報がほしい日に備えて、本棚に眠らせておく」ことになる。
はっきりいって、一度読んだあと、二度と読まないこともある。
でも、その本をぼくが本棚に入れておくと、自分の病院にいる、あるいはほかの病院にいる別の医者が、その本を借りにくることがある。
「あの……本。ありますか」
だれのために書いているのだ。
なぜそんなものを、売っているのだ。
そこまでして世に出しておかなければいけないのか。そのマニアックな知恵は。
……うん、誰かが書いて、誰かが買って、世のどこかにおいておかないといけない。
いつかだれかの参照場所になるために。
病理医は病院の中に、専用の図書館を作る仕事である。いつかだれかがマニアックな疑問をもったときに、いつでも訪ねてこられるように、本棚を作って人を待つ。
そんな、病理医が、一般向けに本を書く?
向いてない。職能とちがう。
きちんと、一般向けの文章を知っている編集者が、なぐって矯正しないといけないだろう。
あるいはそのまま、歩く図書館として、育てきるか、だ。