いろんなところで書いてきた話で、かつ、本にもした内容なんだけど、不定期にでも書いておいたほうがいいだろうと思うので、書く。
ぼくはむかし、玉村豊男『料理の四面体』という本を読んで感動した。科学の脳をもっていて美しいエッセイが書ける玉村さんという人は、料理をきちんと解体して分類し、料理の要素を四面体の上にマッピングするという離れ業をやったのだ。でも、別にこの本は理屈先行のゴリゴリした専門書じゃなくて、ほんとうに読みやすいエッセイなので、みんな安心して読んで欲しい。
Kindle版のリンクをおいておく。
さてこれを読んだぼくはすかさず、『料理の四面体』のパロディを考えることにした。もちろん『病理の四面体』をつくろうと思ったのだ。安直なオヤジギャグだが、これができたらずいぶんと楽しいだろう。
まずは帯の文章をいじることにした。
または
世界の料理を
食べ歩きながら
そのつくりかたを
研究して
誰も
知らなかった
美味を
発見する
方法について
考える
こと
フランス料理のメニューに添えられているような、気の利いた文句だ。これを病理風にアレンジする。
または
世界の病理を
食べ……解き明かしながら
やまいのことわりを
研究して
誰も
知らなかった
医学を
発見する
方法について
考える
こと
まあこんなかんじだろう。
そして、病理学……病の理(ことわり)を解体する項目……を4つ見つけることにした。
ところがこれがなかなか見つからなかった。
項目4つを四面体の頂点に配置して、その中を縦横無尽に動き回るようなイメージは頭の中にあるのだが、さて、頂点にどんな言葉をあてはめていいのかわからない。
病理ってそんなに項目あったっけ?
まあ、あるにはある。
分子細胞学。
形態診断学。
免疫学。
統計学。
数理生物学。
うーん。それぞれ大事なことは大事なんだけどなあ。四面体の頂点に置けるほど、独立した因子というわけでもないんだよな。
ていうか、病の理を考えるうえで、近代病理学だけに目を向けていていいのだろうか。
やはりここは、臨床、研究、教育、みたいな、もっと根本的な柱をたてるべきか。でもこれでも1つ足りないなあ。それに、病理学からだんだん離れていくなあ……。
自分のやっている仕事を要素に分解していくとき、陥りやすいワナがある。つい、うまいことを言おうとしてしまうのだ。
また、実際にはうまく分かれていないのに、分けたつもりになっているということもある。
どうも分類というのはそう簡単にいかない。
結局ぼくは自分の慣れ親しんでいる病理学をうまく分類できなかった。かわりに、「医療」を3つの要素に分解することができた。それが、
・診断
・治療
・維持
である。
診断というのは病気の名前を決めたり、病気の程度をおしはかったり、このさき患者がどうなるのかを予測したりすること。
治療は患者の将来像を大きく変えるための介入手段。セラピー。
そして維持というのがけっこうだいじだ。診断と治療だけで終わらせなかったからこの分類は成り立っている。維持とはいわゆる広義のケアであり、患者が今まで通りの社会生活を維持すること、病院内での暮らしを維持すること、あるいは生命そのものを維持すること、痛くない状態を維持することなどを目指す。
これらの3つはどれが一番えらいというものではなく、それぞれが専門にあわせて医療を引っ張っていく存在であり、ぼくはこの3つを医療の三角形と呼ぶことにした。
患者は病院という場所に対し、主に治療を期待する。しかし、病院では診断という行為が非常に重要であるし、また、診断・治療とは別に維持をきちんと行うスペシャリストがいっぱいいないと医療は回っていかない(維持のスペシャリストで一番有名なのは看護師だ。看護師というのは医師のお手伝いをする仕事ではなく、医師にできない維持管理業務のために雇われた、替えの効かないプロなのである)。
そう考えると、病院で働くあらゆる医療職の人間を、この三角形のどこかに配置することができた。おっ、これは、ぼくがやりたかったこととだいぶ近いぞ。ぼくは喜んだ。
病理学、あるいは病理医というのは、この医療の三角形のうち、おもに診断にばかり寄与する仕事である。治療も維持もほとんど行わない。
たとえばこのように、あらゆる医療職、あるいは医療にまつわる仕事を、三角形を使うことできちんと分類して説明できるようになったのだ。
『料理の四面体』をパロディにするという目論見はくずれた。しかしぼくはわりと満足していた。病理だけ語ってもしょうがない。医療をきちんと考えればいい。
そこで、ふとひらめいた。
せっかくだから四面体にしよう。「医学」(科学)という頂点を加えて、立体にするんだ。
医学、あるいは科学というのは、直接患者にはふれあうことがないが、将来の患者や医療者たちがいい思いをできるように日々とりくまれている大事な仕事だ。医療の中から科学的な思考や実験、研究などを取り去ってしまうのは惜しいし、本質的ではないと思った。一方で、現場での三角形に加えるものでもないなと感じていたので、軸をずらして三次元にしてしまうというアイディアは非常にしっくりきた。
医療者は、病院や大学で、この四面体の中を移動しながら仕事をする。
研究ばかりしている教授は四面体の上の方をめざしている。
論文よりも患者と話すことを大事にしている人は治療や維持の方に歩いて行く。
四面体の中で、どこか一点と決めてかからずに、動きながらキャリアを歩むタイプの医療者も多い。
こうして『医療の四面体』は完成した。ぼくはこのアイディアをブログに書き記し、はじめての単著である『症状を知り、病気を探る』(照林社)にも書いた。
きっかけは『料理の四面体』だったのだが最終的には医療の四面体。韻も踏めていない。ただ、ぼくはこれらの画像ファイルを保管するフォルダにはいまだに『病理の四面体』という名前をつけている。もはや、病理だけの話ではないのだが、病をめぐる理(ことわり)を考えるという意味では、広義の病理学と呼んでもいいのではないか……と思う。
または
世界の病理を
食べ……解き明かしながら
やまいのことわりを
研究して
誰も
知らなかった
医学を
発見する
方法について
考える
こと
なおその後、六面体も作った。これについての解説は日を改めることにする。