顕微鏡をみてうんうん唸る。
細胞をみて、病名を決める、病気がどれくらい進んでいるかを決める、どういう治療が効きそうかを書き記す、そういう仕事をしているぼくは、たぶん、それなりにプロだ。だから、たまに、迷って悩む。
素人だったらあきらめる。でもプロはあきらめてはいけない。
自分のIQが20000倍くらい高かったら、この細胞を一目見るだけで診断ができたのかなー、とか考える。
目の前の細胞が、”理路整然としていない”。困った。
でもこの理路を描いているのはあくまでぼくの脳だからな。
もっと脳が優秀だったら、すばやく理路が浮かび上がってくるのかもしれないな。
「AIがはやく導入されないかなー、そしたらこういう難しい診断をしなくてすむのにな……。」
そんなふうに、夢に逃避してみたりもする。
……けれど、AI病理診断の本質を知るごとに、どうもそういうことでもないのだな、ということがわかってくる。
お天気予報のおねえさんが、朝の情報番組で言う。「今日は傘をもってでかけたほうがよさそうです!」
このセリフは単なる天気予報ではない。
天気予報をもとに、ぼくらがどういう行動を選べば後悔しなくてすむか、行動をどう変えたらいいか、アドバイスしてくれているのだ。
いっぽう、現状のAI天気予報では、「今日は晴れの確率が45%、小雨の確率が38%、ところにより一時的な大雨を混じる確率は38%のうち66%……」というように、お天気お姉さんよりもかなり詳しく、確率をはじき出す。
けれどもその数字をみて、傘を持っていくべきか否かは、数字をみたぼくらの主観にゆだねられる。
「結局、傘を持って行った方がいいの? いらないの?」
「それは38%という数字をどう考えているかによりますねえ。」
これが現状のAI診断の正体である。
お姉さんがにこりと笑って、「傘、持っていきましょう!」と言ってくれることで、仮に雨が降らなかったとしても、ま、お姉さんに言われたことだから、いいかな、ってにこりと笑える、そういうのが本当にいい気象予報士だろう。
先ほどの、顕微鏡をみてうんうん唸るケースでいうと、ぼくが頭の中で、
病気Aか、 病気Bか、 病気Cか、 はたまた病気ではないのか、
それが問題だと思ってうんうん唸っているときに、AI病理診断を使うと、
病気A 15%
病気B 5%
病気C 78%
病気ではない 1%
病気D 1%
のように答えが出てくる。
これでは、レポートを読んだ臨床医も、患者も、困るだろう。
「け、けっきょく、病気Cだと思っていいの? 78%という数字は、高いの? 低いの?」
AIができるのは今のところここまでだ。
地味に、「病気D」という新しい気づきが出てくることがある。これは人間にはできない。思考の落とし穴にはまってなかなか思いつかない病名を、AIは引っ張り出してくることがある。非常に有能で、ぜひ活用したい。
けれども、結局、パーセント以上のことはやってくれない。
お天気予報の数字画面まではたどり着く。
しかしお姉さんの笑顔にはたどり着かないのだ。
これは病気Cだと思います、ただ病気Aであったときにも対応できるように、病気Bの兆候を見逃さないように、最初の治療はこれを選び、治療の効果をみている間にはこの検査データに気を付けて、患者からは追加であの話を聞き、病気Cに備えながらほかの可能性についても準備しておきましょう(にっこり)。
そ、そ、そこまでうまくいくものかよ!
だからぼくはときどき、うんうん唸ることになる。
背中を押すには腕力はいらない。しかしぬくもりのない手で背中をおされたほうはあまりいい気持ちはしないものなのだ。