2020年3月2日月曜日

病理の話(419) 子宮頚部を見る

子宮頚がんについては、検診がある。ある年齢の女性にとってはおなじみの検査であろう。

「細胞診(サイボウシン)」という。

特に症状がなく健康な人にも行う検査なので、あまり強烈に痛いことをしてはメリットが消えてしまう。病気で血を抜かれるのもいやなものだが、健康なのに痛い思いをするのはもっといやだろう。

だから、子宮の入り口の部分をブラシでこすって、ブラシにくっついてきた細胞をみる。これだと、人体をむしりとるのに比べればはるかにダメージが小さい。検診向きなのだ。

ある意味、ほかの臓器のがん検診ではできないやり方だ。だって、たいていの臓器は「内臓」というくらいだから内部にある。ブラシなんて届かない。ブラシでこすろうと思ったら、胃カメラとか大腸カメラとか、気管支鏡みたいに、体の奥にチューブをつっこまなければいけないし、そもそも肝臓とか膵臓みたいな「中身の詰まった臓器」の場合はそもそもブラシのつっこみようがないのである。

しかし子宮頚部は、膣に向かって「開口」しているので、体の外からちょっとがんばればアプローチできる。「人の外壁部分に最も近い臓器」のひとつと言えるだろう。




さて、ブラシにくっついてきた細胞は、本来体の中にあったときの「整然とした並び方」を失ってしまう。UFOキャッチャーでひとつだけぬいぐるみをとってきたら、もうほかのぬいぐるみとどう並んでいたかはわからないだろう?

だからサイボウ診は、病理医が顕微鏡で細胞をみる仕事の中ではかなり難しい部類に入る。

もし仮に、ブラシではなく、子宮頚部を小さなマジックハンド状のものでつまみとってくれば、もうすこし、細胞と細胞が織りなす配列みたいなものがはっきり見てとれるのだけれど。ある程度のカタマリを採取したほうが、病理医は細胞のふるまいかたを見やすい。

病理医は、この「カタマリを見る」ほうがとくいだ。「組織診(ソシキシン)」という。

ブラシで細胞を1~10個くらいずつとってくるような「サイボウ診」は、ソシキ診に比べると正直苦手に感じる病理医も多い。ぼくはサイボウ診の指導医という資格も持っているので、いちおう両方とも見るんだけど、ソシキ診に比べるとサイボウ診のほうが少しハラハラすることはある。

でも、大丈夫!

サイボウ診については、臨床検査技師が詳しい。細胞診検査士という資格が別にあって(※めっちゃくちゃにとるのが難しい)、これを取得して毎日細胞診を見ている技師さんというのは、細胞1個1個のすがたを見極めるのがとてもうまい。

だから病理医は、サイボウ診の序盤から中盤にかけての仕事はほとんど技師さんにまかせている。彼らの方が圧倒的に得意だから分業をする。そして、ここぞというときには、ソシキ診の知識を持って病理医が介入し、診断に責任を負う。



さてそのようなサイボウ診で何をみるかというと、子宮頚部の細胞の「顔付き」をみる。具体的には、細胞核の異常や、核と細胞質の割合、細胞がきちんと働こうとしているかどうか(分化の異常がないか)などをみる。核の中にはDNAが入っており、細胞が悪性化しようとする際にはほぼ間違いなく核に変化が出る。それを見極めるのだ。




子宮頚部にはそこそこの頻度でがんが出るのだが、その発生の原因としてかなり大きなウェイトを占めているのが、有名なヒトパピローマウイルス(HPV)である。

子宮は、体の外壁部分に近いだけあって、さまざまな外敵の侵入と戦う臓器だ。そんな外敵の筆頭がHPV。

HPVは、基本的には性行為によって感染するのだが、実は非常にありふれたウイルスだ。あまり知られていないかもしれないけれど、HPVは、子宮頚部に感染してもたいていはそのあと消失する。かぜといっしょだ。ウイルスというのは人体にとりついても、そのうち倒されることの方が多い。

しかし一部は「持続感染」をする。棲み着いてしまう。その棲み着いたHPVが、たまたま「性格が悪い方のHPV」だと、長い時間(10年以上)をかけて、子宮頚部にがんが発生する。「性格がさほど悪くないHPV」だとがんまでは到らないとされる。

この「長い時間をかけて」というのがミソで……。

子宮頚部に限らず、ほとんどのがんは、「細胞ががんになろうとしはじめてから」、「実際に人間の生命に関わるような振る舞いをするまで」の間がとても長い。10年、20年という単位で変化することが多いのだ。

そして、子宮頚部は、HPVが原因としてかなりキワだっているので(ここまで原因がはっきりしているがんはほとんどない)、ある種のHPVの持続感染が生じて、子宮頚部ががんに向かって進んでいく間に時間の余裕がある。

それを外からブラシでチェックする。がんに向かって進んでいく細胞を見つけたら、がんの手前で治療してしまえばいい。





こんなにうまいこと行く臓器ってぜんぜんないんだよ!

あらゆる臓器にブラシが届けばいいか? いや、HPVほどはっきりしたリスクがわかっていないと、がんになるかならないかの事前予測が難しすぎて、検査の意義が不透明になってしまう。





数あるがんの中でも、子宮頚がんは「撲滅」……とまではいかないかもしれないが「大幅にかかる人を減らす」ことが可能なのである。とりあえずHPVワクチンがもっと一般に広がればなあ……。せめて検診だけは受けて欲しいと思うけれど……元を絶てばいいのになあ……。