2020年3月4日水曜日

病理の話(420) 胆石症でとってきた胆嚢を見る

手術で体の中からとってきたもののうち、「手で持つことができるもの」は、それが大きかろうが小さかろうが、とにかく病理医が顕微鏡でみることになっている。

「手で持つことができないもの」……たとえば血液とか尿とか腹水あたりは、病理診断されない「ことが多い」。なんにでも例外はあるけれど。

とりあえずカタチあるものを採ってきたら、ものの大きさを問わずに病理診断が行われる、と覚えておいてほしい。

胃カメラで胃粘膜をつまんでとってきた小指の爪より小さい粘膜のカケラも顕微鏡で見るし。

「胆石症でとってきた胆嚢(たんのう)まるごと」も顕微鏡で見る。

すなわち、外科で手術が1件行われたら、病理医の仕事は必ずといっていいほど1つ増える。

……ちなみに、整形外科でアキレス腱をつないだからといって、病理医の出る幕はない。なぜかというとアキレス腱をつなぐ手術のときに、体から何か病気を取り出すわけではないからね。

「修復」系の手術のときには病理医の出番はなし。

「摘出」だとまず間違いなく裏で病理医が暗躍している。

そう覚えておくといい。……いや、特にお得な情報ではないが……。





さて、胆嚢(たんのう)の嚢という字はフクロという意味である。

サイズとしては、手のひらに乗るくらい。ただしのびちぢみする。

形状としては、サンタさんのかついでいるフクロ。まさにあれ。

中には肝臓で作られた胆汁が詰まっている。子どもが喜ばなさそうなプレゼントだが、体にとってはとても大事だ。主に脂質の吸収に役立つほか、体内の鉄分の代謝にも関わっている。まあ詳しくは書かない。

この胆嚢を、体の中からわざわざ手術などというめんどうなことをやってとってくるのは、なぜか?

「なぜとってくるのか?」

このギモンをきちんと考えないと病理診断はできない。




胆嚢が手術でとられるきっかけとして最も多いのはおそらく胆石症だ。胆嚢の中に石ができてしまい、これがサンタフクロの入口を詰まらせてしまう。ずっと詰まりっぱなしならまだいいのかもしれないが、この石は動くので、胆汁が入ってくるときはずれて、胆汁がフクロから出て行こうとするときに詰まる。すると、だんだんフクロがパンパンに膨れてくる。

胆嚢は、食事のあとしばらくすると、ぎゅっとしぼんで胆汁を十二指腸の中に押し出すのだが、石が詰まっていると、この「しぼんでおしだす」ができなくなる。

買ったばかりのマヨネーズをいくらしぼっても中身が出てこないとき、あなたは気づくだろう。「アッ、中ブタはずしてなかった(笑)」

もしそのことに気づかずにマヨネーズをギュンギュン絞り続けていたらどうなる?



いや、マヨネーズならどうもならないけど。胆嚢の場合は痛みが出てくるのである。

これが「胆石症」だ。

ひどいときは、石による詰まりで痛みが出るだけでなく、胆嚢に炎症を起こす。

石をうまく砕くことができない場合には、胆嚢を手術でとる。




そうやって出てきた胆嚢を、病理医はみる。フクロを切り開いて中を見る。粘膜にへんな腫瘍(できもの)ができていないか? 滅多にできていないけれど、もし万が一見逃したらいやだからきちんと見る。とにかく病理医というのは、できものとかがんを見いだすことに文字通り命をかけているから、つい粘膜は細かめに見てしまう。

そして、無事、胆嚢の粘膜が、微細な顆粒模様で、ちょっと編み目のようになっていて、詳しく説明する気はまったくないけれど、何を言いたいかというと「石によってちょっと痛めつけられた粘膜だ」と思って安心するわけだ。そしたら次に、ナイフでフクロをさらにきって、割面(かつめん)を見る。

割面って断面と同じ意味なんだけどなぜかぼくらは割面という。なんでだろうな。医者は難しいことを言わないとくるってしまう病気なのかもしれない。

で、ま、割面をみたら、胆嚢の壁が厚くなっていたり、ときには壁の中にも石がはまりこんでいたりする。そういったものを逐一チェックして、胆嚢に何が起こっていたかを考える。

考えた結果が、臨床医や患者が考えているように、「胆石症」によるものとしてマッチするならよいのだ。そこにはなんの矛盾もない。




しかし……もし、胆嚢をみて考えて、「これは……何かほかに病気があるかもしれない」と思ったら、病理医はそこをとことん追究する必要があるのである。だってわざわざ入院してさ、麻酔かけて、手術でとってきた胆嚢なんだから、患者と医学のために思いっきり利用し尽くさないと、誰にとってももったいないじゃない。




その後、胆嚢の一部については顕微鏡もつかってじっくりと見る。偶然、まだ育つ前のがんを見つける確率もゼロではないのでしっかり見る。まあそれを見つけたところであまり意味はないかもしれないけれどね。でもちゃんと見る。

さぼらずに顕微鏡を見ていると、ときおり、新しい学術情報、たとえば、「胆嚢の粘膜をみるだけで、膵臓と胆管の関係が予測できるぞ」みたいなすげぇ話を耳にすることがある。

えっ、胆嚢を顕微鏡でみるだけで、胆嚢以外に何が起こっているかを見通すことができるんだって?

喜んでその目で胆嚢を見続けると、確かに、論文や教科書が言っているように、胆嚢をみるだけで胆嚢以外の情報が得られることがわかる。




なーんてことをずっとやっている。それが病理医であり、病理診断という仕事だ。