2020年3月10日火曜日

病理の話(422) 子宮筋腫を見る

子宮筋腫という病気はちゃんと調べるとかなりいろいろなことがインターネットだけでもわかるようになっている。なぜならありふれているからだ。

こうやって書くと、実際に子宮筋腫で苦しんでいる人はあまりいい気分はしない。ありふれているからなんだっていうのか!

でも「頻度」というのはとても大事なのである。頻度、すなわち世の中にどれくらいその病気にかかる人がいるか、というのは、その病気を診断する上で超絶大事な情報なのだ。だから医療者はつい数字にこだわってしまう。申し訳ない。

さて子宮筋腫がどれくらいありふれているかというと、だいたい成人女性の3~4人に1人は持っている。それってもう病気じゃなくて個性じゃん、と言いたいレベルの頻度である。当たらずとも遠からずで、子宮筋腫という病気があるからといって一生それに不都合を感じずに生きていく人も多い。要は程度問題なのだ。

子宮筋腫という言葉を解体すると、子宮+筋+腫 となる。子宮の筋肉が、腫(できもの)としてカタマリをつくって大きくなる病態をさす。できものというとがんを思ってひやひやしてしまうが、子宮筋腫は良性(がんではない)の腫瘍(しゅよう、できもの)である。だからソレ自身が転移したり臓器の機能を大幅に下げたり体の体力をめちゃくちゃに奪ったりはしない。

しかし、良性腫瘍であってもできものとして大きくはなる。そもそも子宮のサイズは、握りこぶしをつくったときに折りたたんだ親指以外の四本の指の体積くらい(こんな例え話はじめて使った)だが、子宮筋腫は人間の頭より大きくなることもあって、つまり元々あった子宮よりもできもののほうが大きいこともままある。すると、子宮が傾いたり、内膜の部分を押しつけたりして、ちょっとめんどうなことになる場合がある。

めんどうというと、たとえば月経痛が激しくなるとか、月経時の出血量が多くなるとか。妊娠しづらくなるなどをさす。

で、まあ、あまりに大きいとか、具体的に症状があって不都合だというときには、手術によって筋腫をとりのぞくことがある。子宮そのものをとらなければいけないケースもあるが、筋腫の部分だけをけずりとってくることもある。また、子宮筋腫は元が子宮の筋肉で、女性ホルモンの影響を受ける性質をもっているので、女性ホルモンをとめたり、女性ホルモンの影響を失わせるようなクスリを用いると、子宮筋腫もしなしなと縮むことがある。ホルモン療法だ。

かようにいろんな治療法がある中で、手術によって筋腫をとられたばあい、とったものはすべて病理医が見る。ようやく病理医が出てきた!



良性のできもの。ときにパイナップルくらいの、ときにレモンくらいの、ときにドリアンくらいのサイズの……ドリアンのサイズよくわからないけれど……カタマリを、ぼくらはまず、目で見る。

目で見ると、子宮の筋肉が一様にもこもこ増えている様子がわかる。一様に増えているからナイフで切ると断面もだいたい一様だ。

だからその一部だけを切り出して来て、プレパラートに加工して顕微鏡でみる。

顕微鏡でも、子宮の筋肉によく似た細胞が、やっぱり一様に増えていることがわかる。

そこまでいけば診断は確定だ。「子宮筋腫です!」

……まあ臨床医も患者も「知っとる」となる。当たり前のことを当たり前と確認する仕事……。




なのだけれど。ごくごくまれに。

断面が一様ではない場合がある。多様というか多彩というか。部位によって見た目が異なるというか……。

そうすると病理医の心拍数が上がる。むっ、断面に違う性状が見てとれるぞ。

肉眼で見た目が違うのならば、顕微鏡で見てもきっと違う細胞がいるに違いない!

そういう場合は、プレパラートを作る場所を増やす。普通の一様な子宮筋腫なら、せいぜい1枚とか2枚とか作っておけば十分なプレパラートを、5枚とか10枚とか作ることにする。なるべく広い範囲の細胞を確認するのだ。

そうして細胞をみる……。

単に血の巡りが悪くなって、筋腫の細胞がへたって死んでしまっているようなケースが多い。この場合はひとあんしんである。「変性した筋腫です!」でおわりだ。

しかし、まれに、まれに、「がんの性質をもった細胞」がいる場合もある。この場合は診断名が「子宮筋腫」ではなく、「子宮・平滑筋肉腫」と変わる。がんの一種だ。

こうなると再発や転移のリスクを考えながらかなり複合的な戦略で治療に望まないといけなくなる。




こう書くと、まるで子宮筋腫の病理診断は「あたってほしくない宝探し」みたいな雰囲気をおびてしまうが、実際に子宮筋腫をとってみたら実はがん(子宮平滑筋肉腫)だった、という「診断の逆転」が起こる可能性はかなり低い。

そもそも病理医が断面をみて「あっ、多彩だ」と気づくケースは、手術の前にCTやMRIですでに「断面の多彩さ」が予想されている。だから病理医ができものをナイフで切るまでの間に、産婦人科医が「もしかしたら低確率でがんかもしれない」と情報をくれるのだ。その情報は患者にも共有される。だから病理診断をやってみてはじめてわかる、あけてびっくりタイプのがんというのは近年は激減している。臨床医がCTやMRIでまったくがんを疑っていない子宮筋層のカタマリが、顕微鏡診断によってはじめて「がんと判定される」ことは極めて珍しい。

大多数のケースでは、病理医がいちいち子宮筋腫の細胞を確認しなくても、CTやMRIが良性だろうと判断していればそれはほぼ間違いなく「良性」である。

そして、この「ほぼ間違いなく」を、「間違いなく」に近づけるために必要なのが、顕微鏡ではなく、「病理医が目で断面を見ること」である。

病理医にとっての武器は顕微鏡ではなくて自分の目なのだ。ぶっちゃけぼくらは顕微鏡を見る前に診断の9割を終えていることが一般的である。顕微鏡は「念のための確認」に使うものなのだ。一般的な話として、だけれど。