2021年6月3日木曜日

病理の話(541) アミロイドーシスという難病

ふつうに暮らしていてまず耳にすることのない病名に「アミロイドーシス」というのがある。この病気はかなり深刻だ。体のあちこちに、「アミロイド」と呼ばれる物質が沈着してしまうことで、さまざまな不具合をきたす。特に、心臓の筋肉にアミロイドが沈着してしまうと、それが原因となって心臓のはたらきが弱ってしまうこともある。


このアミロイドというのはいったいなんなのか。すごくまじめに説明すると、体のあちこちで使われている部品のカケラが「ダマになったもの」なのである。なんじゃそりゃ。まじめに説明しているのにどこか気が抜けてしまうが、本当なのだ。

人体で使われている部品のカケラがダマになる? どういうこと?


毎日われわれが暮らしている部屋を思い出してみてほしい。ほこり、あるだろう。キッチンのシンクを思い出そう。配管、詰まるだろう。お風呂場の排水溝のことを思い出そう。髪の毛、溜まるだろう。うちはそういうのに厳しいのでぼくは毎日お風呂場で髪の毛を拾っているし、シンクは妻が毎日きれいにしてくれている。具体的な情景はいいとして、この、「夫婦がまいにちがんばらないときれいな状態は維持できない」ということをわりと真剣に思い浮かべていただきたい。人体だっていっしょなのだ。

体の中にさまざまな営みがある。栄養がやってきて、部品がつくられ、体が維持され、要らんゴミが体外に出される。無数のそういう仕組みによって、ヒトが成り立っている。そうは言ってもだ、どこかにゴミは溜まるものである。うっかり隅っこのほうが汚くなることだってある。うちの掃除といっしょだ。しかし、人間は本当によくできているので、そういうゴミすら許さないほどの精巧なメカニズムがある。「要らんものを探して集めて捨てるシステム」が複数存在し、体内にはゴミの類いは残らないようになっている。

それでも……まれに間違いが起こってしまう。

たとえば長年ある部位に炎症をかかえている人は、炎症を起こし続ける際に使う部品の断片がどこかに溜まってしまうことがまれにある。また、とある特殊な名前の腫瘍(がん)にかかっている人も、がんが作り出す異常なタンパク質の一部が体のどこかに蓄積してしまうことがある。

このときも、別に人体は掃除を完全にさぼっているわけではない。溜まったゴミを体内の清掃システムが片付けに動くのだけれど、ゴミがある条件のもとで「ダマになってしまう」と、清掃部隊がそいつらを運びきれなくなる。合体したゴミがでかすぎてどうにもならなくなるのだ。これがアミロイドーシスという病気のめちゃくちゃ雑な説明である。


例え話でやんわりと説明しているがこの病気は一言でいうと悲惨だった。なにせ治療法がなかった。カタマリになったゴミが全身のあちこちに蓄積していくことを止める手段は「ゴミの元になる活動を止めること」。炎症があればおさめる。腫瘍があれば倒す。そう簡単にいけばいいのだがなかなかうまくはいかない。もし炎症や腫瘍をおさめても、一度くっついてダマになったゴミを解きほぐす方法がなく、溜まったものはそのままにしておくしかなかった。


しかし近年なんとこのダマをときほぐす治療法が出てきたというのでぼくは数年前に文字通り声をあげておどろいた。医学の進歩すげぇー! 今なおアミロイドーシスは大変な病気であり、厚生労働省の難病指定も受けているのだけれど、このままどんどん医学が進歩すれば治せない病気ではなくなるかもしれない。大きすぎる希望は持つだけでもつらいものだが、適切な期待をもってアミロイドーシス研究者たちにエールを送りたい。



……ところで、男性の精巣や精嚢(精子をためるふくろ)の中には、アミロイドが溜まっていることがある。それも、まったく無症状で、いっさい体に悪影響を及ぼさないままに。「病気とは言えないアミロイド沈着」であり、いちいち見つける必要もなくアミロイドーシスという名前も付けない。とっても精巧な人体の清掃システムも、精巣のすみっこまでは及んでいないようだが、それによって体に悪いことが起こるわけでもないのだからまあよいのだろう。ぼくが自分ちの床下をさすがに掃除する気にならないのといっしょ……だろうか。