2021年6月9日水曜日

病理の話(543) マカロニ診断

うわさによると、最近は高校くらいで原核生物と真核生物のちがいを教わったり、細菌・古細菌・真菌の違いを覚えさせられたりするらしいのだが、ぼくは自分が子どもだった頃にこれらをきちんと勉強した記憶があまりない。本当に習ったかなあ?


「原核生物」と「真核生物」という言葉をはじめて教わったときのことを思い出したい。字面から、何を思っただろう?


「どちらも核があるんだな、原核と真核っていうくらいだから、核のタイプが違うんだろう」、というメッセージを受け取ったのではないか。少なくとも昔のぼくは。


でもそれは間違いである(昔の自分にダメ出しをする)。原核生物には核がない。核がある生物を真核生物と呼ぶ。だったら「無核生物」と「有核生物」と名付ければいいのにと思うけれど、名付けにかんして親以外の人はあまり文句をつけないほうが身のためである。




無核……じゃなかった、原核生物の代表は細菌だ。細菌の内部にはむきだしのDNAが入っている。DNA以外にも、細菌が活動するためのさまざまな酵素(タンパク質)などが含まれて渾然一体のワンプレートランチとなっている。DNAというマカロニがほかの具と混じって、1枚のお皿の上に置いてある。


DNAってめちゃくちゃ大事なので、そこは分けようよ、ぼくはワンプレートランチはよくないと思うな、トレイの中に仕切りを作ろうよ、とお子様ランチ化をすすめた生物がいた。それが真核生物である。DNAだけをまとめておく場所を核という。ほかにも葉緑体とかミトコンドリアとかリボソームとか、細胞の中で区分けをした。トレイの中に複数のお皿やボウルが置かれ、メインディッシュとサラダとライスがわけられた状態が真核生物。ちなみにぼくの頭の中では今、「葉緑体はサラダだよな……」という気分だ。色の影響は強い。


細菌・古細菌以外のほとんどの生命は真核生物だ(逆にいうと世の中には大量の原核生物が住んでいる)。人間も、真核細胞がよりあつまってできている。ヒトを構成するすべての細胞には核があり、核の中にはかならずDNAというマカロニが入っている。


もし、細胞がダメージを受けたり、増殖活性が高まったり(増えようとがんばりはじめたり)、さらにはがんになったりすると、この核にけっこうな変化が出る。マカロニの量が増えたり質が変わったりする。一番わかりやすいところでは核のサイズがでかくなる。ビュッフェ方式では種類豊富なおかずを取ってきた方が健康的なのに、がん細胞のトレイの中にはでかい皿がドーンと置いてあって中にマカロニばかり大量に盛り付けられている。


トレイに占めるマカロニの比率=細胞全体に占める核の比率を、細胞質(cytoplasm)を分母に、核(nucleus)を分子にとって、N/C比と呼んで評価する。例をあげると「がんはN/C比が高い」という病理診断の原則がある。マカロニ増えてんなー、という細胞の見方をする。


病理医は毎日このN/C比を見ている。そして、一流の病理医になると、マカロニだけではなく、ミトコンドリアというお肉のプレートやゴルジ体という春雨のプレートあたりにも目を配るようになる。トレイのカタチが崩れてきているなあとかマカロニがゆですぎじゃねぇかなとかマカロニに振りかけられているコショウがいつもより相当多いねとかお箸何本のっけてんだよ、みたいなことを目でみて判断するようになってくる。これはわりとマジな例え話である。