2021年6月23日水曜日

病理の話(548) モノクローナルジャスコ

体の中では、さまざまな細胞が複雑に入り乱れ、フクザツに活動している。この様子をイオンモールに例える。


イオンモールの中には服飾、雑貨、アウトドア、飲食など多彩なお店が揃っている。ただしこれらは完全にランダムに配置されているわけではなく、2階のあっち側には服の店が多いとか、3階のこっち側にはフードコートがあって飲食店ばかりだといったように、場所ごとに店の種類がある程度偏っていて、きちんと傾向がある。シャツを買いに来た人は、近い範囲で違う店をたくさん回れるから便利だし、お腹がすいたらフードコートを見回せば選択肢が多くて選びやすい。

ただし、「同じような店がある」とは言っても、「同じ店がある」わけではない。ユニクロが2階にも3階にも両方あるなんてことはないし、丸亀製麺が5店舗横並びということはない。それだとお互いに足を引っ張り合って売上げが落ちるだろう。


体の中でもこれと似たようなことが起こっている。たとえば胃粘膜においては、粘膜の表層で胃を保護する腺窩上皮という「防御型」の細胞と、胃酸の主成分である塩酸を作り出す壁細胞という「攻撃型」の細胞、ペプシノーゲン(胃内でペプシンという消化酵素に変化する)を作り出す主細胞という「攻撃型2」の細胞などがいりまじっている。これらはそれぞれ、同じ胃という臓器の機能を担っている以上、「同じジャンルの店」であるが、売っている商品は異なっている。アズールとコムサイズムとイッカはいずれもファッションの店だが雰囲気はすべて違うだろう。一方で、胃には呼吸上皮は存在しないし肝細胞も存在しない。まるで違う仕事をする細胞は存在しないのである。フードコートにモンベルやニコアンド・・・があっては不便だ、それと一緒。


また、胃の中で、腺窩上皮だけがごっそり集まるということは起こらない。防御をしつつ胃酸もペプシンも分泌するからこその胃であって、防御ばかりを固めても役に立たない。ヴィレッジヴァンガードが15店舗横並びになったフロアがあれば、(Twitterに写真をあげればバズるかもしれないが)少なくとも売上げ的には厳しいはずである。


では、現実に胃を眺めていて、「ある一箇所に似たような細胞ばかりがどんどん増えている」という状態があるか。正常である限りそういうことは起こらない。逆に言えば、病気だとそういうことは起こる。誰もが知っている病気である「がん」がまさにそういう状態だ。


がんでは、ある一つの細胞が遺伝子の異常によって際限なく細胞分裂をする。ふつう、体内にある細胞は一定の寿命を持っており、細胞分裂するタイミングも回数もきちんとコントロールされているから、無尽蔵に増えまくって徒党を組むことはない。しかし、がんは「無尽蔵に増える」。元はたった一つの異常な細胞なのだけれど、とにかく増えまくる。その様子はあたかも、イオンの中でGLOBAL WORKばかりが妙に元気になってフロア全体を埋め尽くすようなものだ。ライトオンは滅びる。ジーユーも生きていけない。フードコートのペッパーランチもマックも撤退せざるを得ない。なんならトイレもなくなるし駐車場も破壊される。


GLOBAL WORKという単一起源のお店だけが増える状態を、「モノクローナルな増殖」と呼ぶ。モノ=単一(モノラルとかモノアイのモノ)、クローナル←クローン(同じような遺伝情報を持つ細胞のこと)。ほんとうは手分けして必要な数だけそこにあるはずの細胞が妙にカタマリを作って増えてしまう。顕微鏡でその雰囲気を早期に見出すことができれば、イオンの統括マネージャーはGLOBAL WORKがフロアを埋め尽くす前に店を潰してかわりに靴下屋か何かに変えてしまうことができる。こうしてイオンは守られる。ただし場末のイオンにおいてはフロアの反対側でジャスコモールがモノクローナルに増えていることを見逃してはならない……。