デスクで雑誌を読んでいたら研修医がやってきて、一緒に顕微鏡を見ながらいくつかの病気の解説をした。
テンポ良く勘所を教えていく。なるべく簡単に。
ただ、今日は、研修医のリアクションが、少し鈍いと感じた。
もしや、これでも難しいのかもしれない。
どこからどこまでが「基礎」だったろうか? 脳が迷う。
顕微鏡の視野を無意識にどんどん動かしている自分に気づく。気持ちを落ち着けて、ゆっくり目に、なるべく同じことを何回もくり返しながら説明をする。
……これでよかっただろうか。わかってくれたろうか。
この研修医が、「どこまで知っているのか」が読めない。
毎年毎年、何人もの研修医を教えてきたのに、今年はなんだか、「とらえどころがない」。彼我の間に距離があると思った。
あ……ついに……。
もしかすると、もしかしなくても、今のぼくは、自分の学生時代に「この人なにを教えてるんだかよくわからないけれどまあすごそうだな」と感じた、すごく目上のエライ人、あれになっている。
「なぜ初心者のときの気持ちを忘れてしまうのだろう」とふしぎに思ったときのことをギリギリかろうじて覚えているけれど。
とうとうぼくはこっち側にやってきた。「若い人の気持ちがわからない側」に。
端的にさみしい。
ここかあ。こんなところだったのかあ。
いずれ、医学生や研修医の気持ちがわからなくなる日は来るだろうとは思っていた。でも、それより先に、まず非医療者の……一般人向けの説明ができなくなるだろうと思っていた。自分から遠くにいるところから順番に疎遠になるだろうと。
でも、どうやら違う。「中途半端にこの世界に入りかけている人」に対するさじ加減が真っ先にわからない。素人向けに病理を説明するほうがむしろラクだ。医学生や研修医相手のほうが、むしろどこまで専門用語で話していいのかがわからなくて、難しい。毎年、学部学生への講義も行い、研修医教育にもコンスタントに携わり続けていたわけで、ブランクなどないのに、急にきつさを感じる。老化みてえだ。
あとは若いもん同士でやってもらうしかない。しょうがないので、ぼくはもう、若い人たちのことは考えずに、どんどん先に進んでいきます。教育はあきらめました。よろしくお願いします。
……ってわけにもいかないのでいちから教科書を読んでいる。「ここからか。ここから書かないとだめか。」
学校や塾、予備校の先生ってのは、すごいんだな。毎年同じレベルの人に教え続けている。自分はどんどん賢くなっていくはずなのに。