2021年6月7日月曜日

病理の話(542) 競歩で診断

血液部門の技師さんが駆け寄ってくる。早朝。まだ始業のチャイムは鳴っていない時間。


「先生、FAXできた第一報です。これ、やばそうですよ」


ある患者から採ってきた検体の、遺伝子検査やフローサイトメトリー検査などを外部ラボに外注してあった結果が速報された。黙ってデスクで待っていればそのうちこの結果は主治医やぼくの元に届くのだが、この技師さんはいつも結果を自分で見て、早足でぼくのところに持ってくる。


そうするとぼくが早く次の行動に移れることを知っているからだ。


「これどういう意味ですか?」


立ち上がってFAX用紙を受け取ったぼくは、うろ覚えの知識で判断をくださないために必ず技師さんにそう尋ねる。


「これはですね……系統Aと系統Bの性質があって……」


技師さんもわかったもので、毎回必ず丁寧な説明をする。


聞いたぼくは本日できあがる予定の組織診断用プレパラートを探しに行く。まだ薄切と染色が行われていない。それほど第1報が早かったということだ。すかさず指示を書き足す。


「HE染色と特殊染色2枚といつもの未染6枚 ではなく 最初から免疫染色をします。LCA, CD20, CD10, CD34, TdT, MPO...」


これにより出勤してきた病理技師は理解して、標本作製の行程をアレンジする。


次にぼくは走ってデスクに戻って、血液部門の技師さんと一緒に教科書を開く。「これか……」「これだと思います」


「あとで主治医に電話しておきますね。この標本いつころ上がりますか」


「今日の午後には上がるでしょう。できたらすぐ教えに行きます」


あらゆる会話は早口で、しかし滑舌よく、あらゆる行動は早足で、ただし走ってはいけない。病院内だからだ。どれかが30分遅れることで、挟まる行程がどんどん後回しになり、結果的に診断が1日単位で遅れることがある。ほとんどの患者は1日どころか1週間以上は「待てる」。しかし年に1度は、そのたった1日で治療の効果ががくんと落ちるケースがあるものだ。それを知っている臨床医は病理医に矢継ぎ早に電話をするものだし、それを知っている病理医はほとんどの時間、競歩で病院内を歩き回っている。