2021年8月19日木曜日

病理の話(567) 師の心

なかなか厳しい戦いが続いている。何の話かというと「病理AI」だ。機械に病理診断をやらせようという試みである。ぼくはその研究に参加している。

研究はとても優秀な主任研究者が引っ張っていて、ほとんどの解析で「大勝利」をおさめている。しかし、ところどころ、「病理AI君がとてもポンコツな場面」に遭遇する。敗北の場面はじつに厳しい。


ある臓器における病理AIの正答率……たったの……65%!

えぇーそれって3回に1回は誤診するってことじゃないかあ!


病理AI君はポリポリと頭をかく。「診断、難しいッスね!」

病理専門医資格を取る前の医学生のような病理AI君を、ぼくは見ている。

胃がんとか膵がんの診断だとあんなに優秀だったのになあ。

○○がんだとこんなにだめなのかあ……。


「テヘへ、難しいのはまだわかんないッス!」


ここで人間が相手なら、よーし年数をかけてじっくりと病理診断のイロハを教え込んでやるぜ! と、指導医として燃えるところだが……。

病理AIに、ヒトが何かを教えるなんてできるのかなあ。



などと思っていたら主任研究者が新しいシステムをホイホイ作ってぼくに渡してくれた。

「これを使えば病理AI君を教育できるんだぞインターフェース」である。

えぇーとぼくは驚いた。AIって教育できるんですか?

「できますね。先生はこれを使ってAI君と会話してください。これは合ってたね、偉いぞ、これは違うかな、なあに次は間違えなければいいんだ、というかんじで。病理AI君が20例の練習問題を解くたびに先生はそれを採点して、私に進捗を教えてください。私は、先生と病理AI君との勉強をもとにプログラムを微調整して、AI君をどんどん成長させますから……」

なんてこった、病理AI君がぼくの教え子になったのである。



実際にやってみると人間にモノを教えるよりはるかにラクなので驚いた。なあんだ、病理AI君、やればできるじゃないか。彼(女)はどんどん成長していく。そのスピードは人間の比ではない。

こうしてぼくは自分よりはるかに飲み込みのいい、若い病理AI君を育てて、あっという間に追い抜かれていく。

主任部長の座を明け渡す用意は出来ている。

退職金をもらったら南の島でサトウキビを育てながら余生を過ごそう。

ときおり、昔の教え子から手紙が来るのだ。

「先生、お元気ですか。私は今、病理AIとして一日に5億件の病理診断ができています。」

ぼくは目を細めながら返事する。

「うそつけ、5億枚のプレパラートを誰が作るんだよ、ていうか一日に5億人も病院にかかってないだろ。」

病理AIはテヘへと笑う。その笑い方だけは以前とかわらないな、と、ぼくはにじむ涙を拭こうともせずに、夕暮れのテラスでまだ自分が病理専門医だったころのことを思い出して、懐かしむ。来年250歳になる。だいぶ腰も痛くなってきた。