2021年8月31日火曜日

病理の話(571) 妄想診断実況訓練

今日はぼくがときどきやっている「妄想診断実況訓練」の話をする。


これは、病理医としてはたらいている最中、診断と診断の合間や、仕事を終えて家に帰る車の中、あるいは出勤中などに、最近出会った症例を頭の中でくっつけたり修飾したりしながら、「架空の難しい症例」を作り出して、それを自分で診断できるかどうか妄想で訓練する、というものだ。


学校でやる避難訓練のシチュエーションを自分でいじりはじめるようなイメージで考えてもらえるといいだろう。


「生徒たちは今こうして廊下を一列に並んで批難しているけれど、もし、天井のスプリンクラーがいっせいに作動して、しかもそこに塩酸が含まれていたら、この逃げ方ではおそらくだめだ、ではどうする?」


みたいなことを、どんな小学生もかならず小さいころに妄想していたはずだ。していなかった人は今日はもうブログを読むのをやめて寝てください。





【例】


○○から採取されてきた検体。顕微鏡でぱっと見たところ、「上皮性腫瘍」(※こういうとこあまり気にしないで読んでください)のように見えるが、なにか違和感がある。ふつう、ここから採られてくる検体は99.9%が「上皮」と呼ばれる性質をもつが、今回は、違うかもしれない。


いつもならば、「上皮であることはあたりまえ」で、「どんな上皮か」を丹念に検索する作業に入る。渋谷の街中でアンケートをくばるとき、そこに年齢や性別は書いてもらうけれど、「あなたはヒトですか?」という選択項目は用意しない、なぜなら渋谷の路上で猿にはめったに出会わないからだ。それといっしょで、今回の生検も、「あなた、上皮ですか?」から質問することは、ふつうない。


でも、今回はなにか……おかしい。上皮にしては、「細胞と細胞の間にスキマが見えすぎている」のが気にくわない。さっきの渋谷の例でいうと、猿っぽさがある……いや、もうちょっとあいまいだ。「ヒトっぽさがへん」。マンガ・寄生獣に出てきた、「ヒトならぬものの目」を思わせる。


だから今回の生検では、最初に、「あなた、ヒトですか?」の質問にあたる免疫染色をしよう。普通はこんなことはしないけれど、さいしょに、上皮マーカーサイトケラチンと、あと、そうだな、汎リンパ球マーカーLCA、汎間葉系マーカーVimentin、そして特殊な腫瘍をひっかけることがあるマーカーS-100、この4種を「初回おためしセット」として染色する。さらに、おためしの結果を見て次の一手を迅速に打つために、「あとは免疫染色の抗体だけぶっかければ検査が終わりますよセット」もオーダーしておこう。弁当屋で、パックの中に白米だけ詰めて、あとはおかず待ち、みたいな状態になっているのを見ることがあるが、あれをやる。


(【例】おわり)




……と、まあ、こういうかんじの実況型の訓練を、ぼくは毎日やっている。それでも難しい病気はやってくる。それでもわからない患者には出会う。それでも、やらないよりは、やったほうがキレ味がよく、かつ、診断が、2秒早くなる。