2021年12月23日木曜日

病理の話(610) とりあえずこれだけは覚えておきなさい

研修医の勉強会に出席していると、上級医たちがいろいろとワンポイントアドバイスをするところを耳にする。


「血液データがこのタイプの異常を呈する患者がいたら、ただちに何をしなければいけないか、調べているヒマはないから、きちんと覚えておきましょう」


「心電図がこのタイプの波形を示したら何をする? 今すぐ答えられないのはまずいよ、患者が死ぬからね。だからこの会が終わったらすぐに自分で調べましょう」


「この病態でマスクされた別の病態があるかもしれない。こういうときは腎機能も気になるけど、最低でもプレーンCTをとるなどして消化管の評価をしておきましょう、イレウスを見逃したら良くなるものも良くならないよ」


まったく、大変だなあと思う。研修医たちは毎日毎日、「これだけは覚えていないとだめだ」という「これだけ」を無数に浴びせかけられる。


だから、医師免許を取得して3,4年くらい、後期研修の中頃くらいまでは、ほとんどの研修医は自信を喪失している。


ほとんど、と書いたが、まれにそうでもない人もいるにはいる。たとえば、毎秒救急車がやってくる、みたいな超絶怒濤の救急病院で研修をはじめた若い医者は、脳を使わず肉体で働くモードに入っている場合があり、そういう研修医は妙に自信満々になっているものだ。そうやって「脊髄反射」で仕事をしているうちは不安も感じないのだけれど、残念ながら、落ち着いて患者に向き合おうと思ったとたんに結局、「自分はまだ何も知らない」ことに気づいて、遅まきながら自信を失っていく。


でも大丈夫。吉高由里子みたいな声で言っておく。みんなそうなのだ。5年目くらいから少しずつ、自信は付かないにしても「これだけは覚えておこう」の蓄積が目に見えて増える。「これだけ、がどれだけあるんだよ!」とうっとうしくなるのもわかる。けれどもいずれ、「これだけは覚えたなあ」という状態になる。だから最初はがんばってほしいなと思う。




さて、「病理の話」なので、せっかくだから「病理診断における、これだけは覚えておくべきだ」を書いておこう。


・患者の名前と検体の瓶に書かれている名前が違っていないことを確認しよう。同姓同名のパターンもあるから生年月日などもきちんとチェックしよう。


これだけ! これだけは忘れないでほしい! まじで! 取り違えがすげえやばいから! 検査において取り違えは全ての努力を無にして患者に多大な迷惑をかけるから! 


あ、まだあるな。


・悪性リンパ腫や軟部腫瘍など、遺伝子検索を外注する必要がある検体を提出するときには、ホルマリンに付ける前に病理に確認しましょう。ホルマリンに付けずに凍結しなきゃいけない場合があるからね。


これだけ! これだけは忘れないでほしい! 「いつもホルマリンに付ければいいんだべ」のノリでジャボンとやったが最後、できなくなる検査もあるので、そこ、気を付けて! 患者にも不利益が及ぶから!



あとは……えー……ほかに「これだけ」は何かあったかな……ぜんぜん「だけ」じゃねぇけど……。